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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2024年度

母系社会の中で育つ男児:モソ人家族における男児のジェンダー社会化

東京大学大学院教育学研究科 特任研究員
王 ギョク

研究背景
 世界の子育てや発達に関する知見の多くは、欧米の一般的な人々を対象とする、いわゆるWEIRD(Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic)社会を前提に蓄積されてきた。だがWEIRD文化に属する人々は世界人口の少数派にすぎず、そこで標準とされる「父・母・子からなる核家族」も一つの家族形態にすぎないため、その親子理解には普遍性が欠けるとの批判が高まっている(Sear, 2016)。進化生物学が指摘するように、ヒト本来の子育ては多数の養育者による集団共同型であり、母親以外の個体も子どもの発達や社会化に深く関与してきた(Hrdy, 2009)。母と父のみを前提とする枠組みでは、多様な養育者のもとで子どもがどう育つのかを十分には描き出せない。
 そこで本研究は、多様な養育者という視点から、男児の「ジェンダー社会化」に注目する。男児がどのように「男らしさ」を身につけ、家庭や社会でどのような役割を担う存在へと育っていくのか-その過程は、本人の心理社会的健康、将来の養育態度にまで長期的な影響を及ぼす(Wong et al., 2017)。しかし、父親の男性観が息子へ受け継がれることや、男児が感情を抑えるよう育てられることといったこれまでの知見は、主に父系の核家族を前提として得られたものであり、異なる親族システムのもとで男児がどう育つのかはほとんど解明されていない。
 手がかりとなるのが母系社会である。中国雲南省に暮らすモソ人は、世界的にも稀少な母系社会として知られる(Walsh, 2005)。彼らは「Sese婚」と呼ばれる二重居住型の婚姻を営み、男女は正式に「結婚」せず、子どもは母方の家族に帰属する。そのため男性は、自らの実子よりも姉妹の子の養育に大きな責任を負う。なぜ実子ではなく姉妹の子を育てるのか――これは「母系パズル」と呼ばれてきた現象だが、その心理発達的なメカニズムは十分に解明されていない。さらにモソ社会では、父系社会で男性に顕著とされる性質がむしろ女性に強く見られる「役割逆転」も報告されており(Mattison et al.,2021)、ジェンダーのあり方が社会・文化・親族構造によって形づくられることを示唆する。本研究は、母系モソ社会において男児がどのように社会化され、男性が養育者としてのアイデンティティをどのように形成していくのかを明らかにすることを目的とした。

研究方法
 中国雲南省寧蒗県に暮らすモソ人養育者 24 名(男女各 12 名、36–65 歳、平均 50 歳)に半構造化面接を行った。居住形態は母系拡大家族が約 7 割を占め、婚姻形態は Sese 婚など多様な形態を含んだ。男女児への養育の期待や関わり方、回答者自身の幼少期の養育経験、母方オジとの関係を中心に聞き取り、グラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析した(所属機関倫理審査承認済み)。

研究結果と考察
 分析の結果、男児の社会化に三つの特徴が浮かび上がった。第一に、養育の場が相対的に二極化していた。家の中心にある「火塘(囲炉裏)」が女性の領域、山・畑・市場などの外が男性の領域とされ、男児は幼い頃から母方オジや父に連れられ、薪採り・農作業・狩猟・商いなどを「見て、真似て、加わる」かたちで習得し、十六歳頃には外で稼ぐことを期待された。母方オジは「やり遂げる姿勢」「責任感」「礼儀」を、ことばより自らを手本にして伝えていた。一方、女児は祖母や母のもとで家事・料理・もてなしを学び、「火塘の火を守るのは女性の役目」という教えのもとで家庭の中心を担う意識を育てていた。第二に、母方オジの役割は、改めて教わるものではなく、「自分がオジから受けた育て方をそのまま姪・甥に返す」かたちで、日々ともに動き手伝うなかで自然に引き継がれていた。第三に、役割は男女で分かれていたが、「盗むな、嘘をつくな」といった道徳の教えは男女に共通しており、男女の違いは活動の場と関係のうえに現れていた。
 これらの知見は、男児の社会化をめぐる従来の見方に問い直しを迫る。社会認知理論(Bussey &Bandura, 1999)は、子どもが性別にかかわる振る舞いを、身近な大人を見て真似ることや複数の担い手による示しを通じて身につけ、やがて自らの基準として内面化していくと説明する。モソ人の男児が、オジや父の振る舞いを模倣によって習得し、改めて教わることなく役割を受け継ぐ過程は、この仕組みとよく重なる。しかし、男児に「男らしさ」を示す中心人物は父親ではなく母方オジであった。見て真似ながら学ぶという道筋は共通しても、その担い手は必ずしも同性の親世代に限られないのである。さらに、受け継がれる中身も「自分の子を育てる」ではなく「姉妹の子を育てる」という、父系社会とはむしろ逆向きの養育者像であった。同じ仕組みを通じて、正反対の価値が伝えられているのである。しかも、道徳的な教えが男女に共通していたことは、性別の違いが人格そのものの分化ではなく、活動の場と関係性の分化として現れうることを示している。
 今後は、火塘を囲む日々のやりとりを継続的に観察し、同じ子どもたちの育ちを長い時間をかけて追う縦断的な調査を通じて、男女児が何を誰から「見て学ぶ」のか、その社会化の過程が実際の暮らしのなかでどう立ち現れるのかを、より具体的に明らかにしていきたい。

2026年5月
※現職:東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター 特任助教