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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2024年度

明治・大正期の関西地方における電気軌道と都市空間開発に関する研究

京都工芸繊維大学デザイン・建築学系 助教
岩本 一将

研究の動機・意義・目的
 近年、工学分野における都市史研究の多くは、1919(大正8)年の旧都市計画法制定以降を分析している。一方、明治・大正期における都市空間は、日本が急速に近代化した時期でもあるため、港湾や河川、鉄道などといったインフラ施設の発展と強く結びついていることが指摘されている(中井,2005)。しかしながら、インフラ施設に着目した土木分野の研究の多くは、技術の先進性に着目しており、都市空間との結びつきを分析した成果は少ない。本研究の特色は、都市空間と電気軌道などの近代交通基盤を複合的に分析することで、土木と建築分野をつなぐ学際的な研究成果を打ち出すことを試みている点である。
 上記を踏まえた具体的な研究対象地としては、民間資本の交通整備(電気軌道)における先駆的事例と位置付けることのできる関西地方に着目している。その上で、電気軌道整備と都市の空間開発(公共空間整備・遊覧地開発・住宅開発など)がどのように連動していたのかについて、その特徴を明確にして位置付けることを目的とする。
 本研究で着目する明治・大正期は、電気軌道会社が戦略的に都市および郊外の開発を計画・展開し、日本の住環境や生活スタイルにも大きな影響を及ぼした時期である。具体的には箕面有馬電気軌道(現:阪急電鉄株式会社)による郊外住宅の月賦販売による労働者階級への住居提供、それに伴う交通機関(電車や電気軌道)を用いた郊外からの通勤利用の確立などが挙げられる。そのため、この時期における電気軌道会社の開発意図と関連する開発(公共空間整備など、電気軌道会社が主体的に行うことのできない周辺事業)の関係性を複合的に分析することは、日本の都市空間の近代化を評価する上で重要な研究課題になるものだと考えられる。
 本研究の手法としては、国立公文書館に所蔵されている鉄道省文書を収集、分析することによって、電気軌道会社の設立目的や事業路線、事業内容や利益の見込み、敷設対象地における認可主体(市・県・国)の見解などを把握する。なお、補足資料として各電気軌道会社の社史や市史なども分析に用いている。

研究成果や研究で得られた知見、今後の課題
 本研究では、1919(大正8)年までに大阪市と接続する事業路線で開業した電気軌道会社5社(阪神電気鉄道、箕面有馬電気軌道、阪堺電気軌道、京阪電気鉄道、大阪電気軌道)を研究対象として調査した。この中で、阪神電気鉄道については、国立公文書館に当時の申請史料が残されていなかったことから、社史などを用いて分析を行なっている。調査を行った5社の特徴をまとめると以下の通りとなる。
① 阪神電気鉄道:1905(明治38)年に開業。大阪-神戸間で電気軌道を敷設し、同時並行で娯楽地(海水浴場)の開発も行った。
② 箕面有馬電気軌道:1910(明治43)年に開業。大阪-箕面間で電気軌道を敷設し、同時並行で郊外の住宅地開発や娯楽地(温泉、動物園)の開発も行った。
③ 京阪電気鉄道:1910(明治43)年に開業。大阪-京都間で電気軌道を敷設し、同時並行で郊外の住宅地開発や娯楽地(遊園地)の開発も行った。
④ 阪堺電気軌道:1911(明治44)年に開業。大阪-堺間で電気軌道を敷設し、同時並行で娯楽地(公園)の開発も行った。
⑤ 大阪電気軌道:1914(大正3)年に開業。大阪-奈良間で電気軌道を敷設し、自社による大規模な開発事業は行っていない。
 上記を簡単に比較すると、大阪電気軌道を除く4社が娯楽地の開発を行っていることが分かる。また、阪堺電気軌道のみが公園という公共性の高い空間で開発を行っていることから、官民連携での都市開発を考えていたと見込むことができる。そのため、本研究では阪堺電気軌道の事業展開と堺市の都市空間形成を個別事例として取り上げて分析を進めた。
 当時の堺市では、観光地開発と都市の工業化の実現が政策の方向性として捉えられており、阪堺電気軌道の電気軌道敷設によって大濱公園の開発が急速に進み、市内外から遊覧客を呼び込むことに成功する。この大濱公園は堺市の土地を阪堺電気軌道が借り受け、開発を実施することで発展したエリアであり、開発計画には堺市の関与も確認されていることから、官民連携による都市空間開発の事例だといえる。一方で、堺市の中心部では宿院公園や日用品市場、市立図書館を新たに建設することで、市民の利用を促すことに注力していた。加えて、1918(大正7)年までの堺市内の工場数を確認したところ、環濠内において急速に工場が増加していたことから、電気軌道が都市の工業化に対する基盤として機能していた。以上のことから、観光地開発と都市の工業化などの堺市が目指していた都市政策は、電気軌道敷設や大濱公園の整備などといった阪堺電気軌道による開発が大きく貢献して実現することができたことを明らかにした。
 堺市と阪堺電気軌道のように、大阪近郊の都市で電気軌道会社による開発が都市政策の実現や経済発展に大きく貢献したと考えられる事例が複数存在する。今後の課題は、これらを詳細に分析することである。これによって、関西地方における電気軌道整備と都市の空間開発の特徴をより明確に位置付けることができると考えられる。

2026年5月