成果報告
2024年度
前近代日本における廃墟の文化史
- 立正大学文学部 教授
- 渡邉 裕美子
古今東西、あらゆる文明や社会が繫栄と衰退を繰り返してきた。現代社会も例外ではなく、グローバル化した世界において一層複雑化した栄枯盛衰のプロセスが日常を取り巻いている。そのような時代認識のもと、日本古代・中世を核として、文学・芸能・美術を専門とする計7名の研究者による「廃墟」をめぐる共同研究を2019年に組織し、2023年度・2024年度はサントリー文化財団の研究助成を受けて研究活動を行った。
本研究会が目指しているのは、文学・芸術における「廃墟」の表象を、繁栄と衰退のサイクルが織りなす文明史上の「定点」と捉え、廃墟という位相から見えてくる文化創造/再生のメカニズムを明らかにすることである。具体的な2024年度の活動としては、1)アジア遊学『廃墟の文化史』(勉誠社、2024.10)を刊行して、これまでの研究成果を世に問うた。次いで、この執筆者の中から、比較文化史的な視点を持つ2名の講師を迎えて、2)国際シンポジウム「東西比較を通じた廃墟の文化史」(於東京大学、2024.10.31)を開催した。このシンポは、欧米の廃墟論との接続や環境人文学の方法論の導入など、今後の研究会の道筋を示すものとなった。また、3)国際シンポジウム「Sacred Spaces and Non-Human Narratives: Ecocritical Perspectives on Buddhist Art and Literature (ハーバード大学美術館蔵『日本須弥諸天図』をめぐって―日本と東アジアの〈環境·景観文学〉)」(於ハーバード大学ライシャワー日本研究所、2025.3.7-8)にて、共同研究メンバーの山本聡美と梅沢恵が、中世寺社縁起と廃墟表象にかかわる研究発表を行い、米国の幅広い領域の研究者とも討議の機会を得た。さらに、昨年度実施した南都寺院のエクスカーションの成果として、4)公開セミナー「南都再発見―歴史・芸術・文化の積層とその顕現」(於なら歴史芸術文化村、2026.6.28)を開催し、合わせて、セミナー翌日には5)奈良上ツ道の寺院跡を中心としたエクスカーションを実施した。この活動によって、積層する歴史を明らかにする方法論の開拓や、都市の廃墟化に伴って散逸或いは忘却された文化財と地域社会を結ぶ今日的問題との接続など、新たな課題を見いだすことになった。
以上、2年間に及ぶ助成期間に、公開シンポジウム等開催(3回)、書籍刊行、エクスカーション実施(2回)と多くの活動を実施できただけでなく、ひとつの活動によって新たな課題を見いだし、次の活動に結びつくという好循環が生まれ、充実した研究活動を営むことができた。この期間の研究成果を踏まえて、さらに廃墟研究を深化させたいと考えている。今後の研究課題としては、以下のような点が上げられる。
①日本的な廃墟論の基盤の構築:現代日本において表層的な理解によって消費されるばかりの「廃墟」について、学術的な廃墟論の基盤を構築して提供する。
②新たな日本文化論の領域の開拓: 分野横断的な視点から追求されてこなかった日本の廃墟表象に着目し、新たな日本文化論の領域を切り拓く。
③現代的な社会課題への視座の提供:廃墟からの復興・再生は常に現代的な課題である。このような時代だからこそ必要とされる歴史・文化史に立脚した新たな視座を提供する。
④国際的な比較文化史的展開:西欧において蓄積された廃墟論を視野に入れ、加えて米国における文学研究で先駆的に用いられている環境人文学の方法論も取り入れて比較文化史的な展開を目指す。
2025年9月




