成果報告
2024年度
「博物学の箱」プロジェクト
- 東北大学大学院教育学研究科 准教授
- 鷲谷 洋輔
【目的】
本プロジェクトは、「問うこと」に焦点を当てる実験的な試みとしてスタートした。「いかに問いに出会うか」。「好奇心をいかに知的探究へとつなげていくか」。これらは極めて実践的な課題でありながら、学術的な場ではそれほど取り上げられていない。論文の数や発信力といった研究結果に力点を置く今日の潮流に対して、その起点となる「好奇心」や「問い」のような「学術研究の一歩手前」に焦点をあてる意義はかつてなく高まっていると考えられる。「何だかよくわからないけれど、惹かれるもの」に目を向け直し、その手触りから知的探求をドライブしていく。その理路は必ずしも合理的ではないし、判然としないかもしれないが、知的探究のステップの踏み方を見直すきっかけになるのではないかと考えた。
【内容】
そのために、Wunderkammer(wonder-rooms)と呼ばれる、博物学的な収集部屋を参考に、収集部屋ではなく「箱」を作るという実践「博物学の箱」プロジェクトを掲げた。メンバーそれぞれの興味を掻き立てたモノを自由に収集し、箱(『博物学の箱』)を製作する。次いでこれに関するストーリーを互いに聞き取り、「博物学の箱図鑑」として発刊をすることを目標とした。個人の「問い」を開拓するだけでなく、他者の好奇心に触れ、触発されるような機会を作れれば、社会への新たな知的貢献にもつながっていくのではという期待もある。
同時に、「博物学」を梃子に学術的な問いの発露を捕らえるという試みは、予想以上に難しいものがあった。単なる収集やその説明に止まらず、そこから「問い」へと架橋する工夫が必要になると感じている。その一方で、好奇心と知的探究とをつなぐようなモノを集めることには、それが本人にとっていかなる意味を持ち得るかという様な別種の問いかけを伴ってくることも見えてきた。いわばストーリーの存在が学術的な問いにどうつながるかには、今後検証していく大きな可能性があると考えられる。問いを支えるのは好奇心だけでなく、その背後にあるストーリーかもしれない。
「博物学」という学問様式やその意味合いは一旦脇に置き、モノとそれにまつわる語りとの両方を収集していく活動をまずは完遂することを目指したい。本プロジェクトが一般的な学術的研究とは異なることを踏まえ、その成果もできるだけ幅広く手に取られるような ZINEマガジンとして発刊することが具体的な課題として残されている。
2025年9月



まずは参加メンバーが博物学の箱を作るという試験的な試みを行った(写真右が一例)。箱に収まるようなモノを選ばなければならないのか、写真で代用することの問題はないか。腐ったり変質するものはどう扱うかというような実践的な問題に対して、メンバーで議論を行なってきた。「箱に収め、保持しようとする」という試み自体が既に好奇心を一定の形で制限しているのではないかということが一つの論点となった。このことは、学術的な問いというものが、既にある種の制限を受けていることと相似形ではないかと考えられ、学術における問いの形式的な限界をタンジブルに実感させるものである。
