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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

「家族」と「共同体」の再考:南西諸島における親以外の子育て慣習(島妻・妾・養子・奉公)に焦点をあてて

鹿児島大学グローバルセンター 教授
中谷 純江

 本共同研究の特色は、文化人類学や家族社会学のアプローチにより中国や南アジア、アフリカ等で研究をしてきたメンバーが、沖縄・奄美地域に見られる、1.島妻や妾の慣行、2.守姉の慣行、3.女性の埋葬慣行を取り上げて、各自のフィールドとの比較において「家族」や「共同体」を再考する点にある。今後の研究の方向性を示す、以下の4つの論点がこれまでの調査から明らかになった。

1. 奄美と八重山における島妻慣行の比較(中谷)
 沖永良部島では、島妻を祖先にもつことや琉球・薩摩の血が入っていることへの評価が他の島々に比べて高い。その背景には、女性(の教養や美貌)は家族や一族の社会的地位を上げる手段であるという認識がある。また、他の奄美群島の島々と比較して、4倍以上の女子が明治大正期に師範学校に入学し教員となるなど、近現代のエラブ社会では、女子教育に特別な価値が置かれていたことがわかった。一方、八重山諸島でも、島妻慣行は明治期まで見られたが、島妻への評価が時代を経て下がったことが誌史や民謠から明らかになった。島妻を積極的に評価する時代が八重山諸島にあったことが伺われる一方、明治以降に社会が父系化を強めるに従い、ネガティブな評価がなされるように変わっていったと考えられ、共同体の中心から女性が排除されるプロセスと見なすことができる。

2. 移動する身体と共同体:一夫多妻婚に関するグローバルな比較(梅津)
 かつて沖縄に存在した島外からきた役人の現地妻となった女性、戦後、米軍の兵士との間に子どもをもった女性たちは、事実上の一夫多妻状態にあった。イスラームでは一夫多妻婚は容認されており、例えば、ナイジェリア北部の農村部では現在も一般的に見られる。一夫多妻婚は、過去の、あるいは、イスラーム社会など他国での現象と思われている。しかし、1980年代から⽇本に外国⼈労働者として流⼊し続けているムスリム男性には、⽇本⼈⼥性と結婚して家族をもつ者も少なくない。なかには⽇本⼈の第⼀夫⼈がいる男性に対し、⺟国の家族が現地の⼥性を第⼆夫⼈として娶ることを迫った事例もある。日本人の「血」が入っていない子孫が欲しいという共同体の価値が背景にある。いずれの事例も、共同体の価値観と男性の移動という点で共通しており、グローバルな移動が増えている昨今、一夫多妻婚を現代的な婚姻形態の一つとして捉えなおす必要があるだろう。

3. 宮古諸島における守姉の多様性と地縁共同体(白井・磯部)
 守姉とは沖縄諸島に広く見られた慣習である。先行研究では、宮古諸島の守姉については、非労働制、情緒性、関係の継続性が強調されてきたが、本調査ではそれらの要素に還元できない多様性がみられた。第一に、地縁的つながりや助け合いで共同体が結びついており、子どもの面倒を見る子守も、労働力不足において依頼した/されたことが指摘できる。一方で、「守姉」は女児が務めるものであり、先行研究や人々の語りにおいては、男児が子守をしたことは看過されがちであった。言わば、女性のライフコースの一つとして、女児に期待された役割の中に守姉が含まれていたのである。また、かつて人頭税(1637年から1903年まで)が課せられており、自由に移動できなかったことも関係していると考えられる。集落はさまざまな労働や作業をともに行う、一つの「家族」の機能を携えていたといえる。人の移動が多い中心部の地区では、教員等の現金収入者の間で守姉を雇う事例も見られた。

4. 墓から見る共同体における女性の位置(有井)
 八重山諸島では、未婚や離婚女性、妾女性たちはどのように埋葬されたのだろうか。筆者の調査地であるエチオピアの少数民族マーレ人社会においては、子をもつか否かによって女性の埋葬先は異なる。父系社会であるマーレにおいて、男子を出産した既婚者の場合、個人墓が大抵の場合、婚家の敷地内につくられる。一方、男子を産んでいない場合、嫁ぎ先から実家へと女性の遺体は送られ、実家において埋葬がとりおこなわれることとなる。すなわち、跡取りを産んでいない女性は、出生元の親族集団に帰属することとなる。また、離婚後に再婚した女性の場合、前夫とのあいだに息子がいる場合には、現夫のもとで埋葬がおこなわれたとしても、その後に息子が主張すれば遺骨を掘り返し、息子の元で改めて埋葬がおこなわれるという。つまり、父系のマーレ社会においては女性の遺骨はヨコの関係性ではなくタテの関係性において男性親族と紐づけられている。八重山諸島では、未婚女性や島妻、妾女性が実家の敷地に祀られている事例や婚家の敷地に袖墓とよばれる別墓で祀られている事例が見られたが、その違いを分析することで、かつての共同体における女性の位置が明らかになると考えられる。

2025年9月