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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

K―コンテンツの公共圏の可能性と限界:日中韓における2010年代後半以降の受容に着目して

立命館大学産業社会学部 特任助教
趙 相宇

 本研究は、近年女性を中心に東アジアにて広がりつつあるK-コンテンツの公共圏の可能性と限界を探ろうとするものである。2024年度の助成では、東アジア地域にて2010年代後半にK-コンテンツを媒介して広がったジェンダー秩序の問い直しとその実践現象に着目し、韓・中・日でのその様相を探るための基礎調査を行った。
 西欧を中心とするファンダム研究とは異なり、韓国のファンダム研究は、アイドル産業を軸として構造化されたファンダム実践の特徴をジェンダー政治としてまとめる傾向がある。この実践の特徴は、2000年代初期の脱冷戦・脱植民・脱近代が折り重なる時代のなかで女性が新たな市民社会の主体として浮上する過程と重なっており、単なる消費の主体として想定された女性たちがファンダムを通じて政治・経済・文化の実践主体として位置づけ直されていく形で2010年代後半に顕在化している。
 この顕在化の背景にはメディア環境の変化が大きく関わっている。趙が長年韓国でファン活動を行った20代後半の女性を取材したところ、2010年代以降にアイドルについて意見交換を行う主な場がSNSに変わったことでファンとしてのアイデンティティがジェンダー問題に接続されたという。ブログ時代からの内容・形式面での変化は、内容面の自由さ、批判性、ファンダムを介して偶然に共有される日常性とその重なり合いを可能にし、そこから全くもって予期せぬ新たな問題意識が発見される構図を生み出している。
 このプラットフォーム化とファンダムによる日常の偶然の重なり合いは、中国のファンダムと公共圏のあり方を検討する上でも重要な論点になってくると思われる。呉が北京在住の女子大学生にインタビュー調査を行ったところ、K-popのガールズグループに憧れるが、そのフェミニズム的なメッセージに対しては多くが「気にしていない」と答えた。中国でのファンダムは、近年の中間層の拡大、プラットフォームの膨張に追いつけないコンテンツ管理の現状に加え、すでに初期の「韓流」の世代が親となって世代間の連鎖の段階に入っている。ただ、それらの蓄積がK-popの社会的メッセージの共有と中国社会の見直しにつながっていない様子もうかがえる。VPNで迂回路が取れるとは言え、プラットフォームの規制が偶然の日常の重なり合いを阻害し、ファンダムを軸にした細分化されたコミュニティの離合集散に何らかの制約として機能している可能性の検討が要される。
 他方、社会的メッセージが共有されたとしても、それがただちに異議申し立ての実践主体としてファンダムを押し上げるかについては留保が必要である。彭は、桃山学院大学の女子大学生に半構造化したインタビュー調査を行った。その結果、ガールズグループの消費を通して、対象者の多くが既存のジェンダー規範に対する批判的視座に憧れながらも、自らの安定した現実として日本社会のジェンダー構造を再確認・肯定していることが分かった。こうしたあり方は、自らのファンダムを軸に女性としての自身を積極的に政治・経済・文化の実践主体として位置づけ直そうとする韓国の状況とは異なる様相を呈しており、何がこうした差異を生み出しているのか、今後も検討を要する。

2025年9月