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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

「道具の美」をめぐるメディア実践の歴史的研究:雑誌『工藝』『陶磁』『茶わん』『星岡』を資料として

大阪経済大学情報社会学部 准教授
團 康晃

 私たちは飲食を行う際、必ず道具を必要としている。どのような道具を用いて飲食をするのかという問いは、民族や国と紐づいた文化・歴史の問題として民具研究からアプローチされてきた(神崎2017等)。一方日本では茶道や民藝運動のように飲食をはじめとした生活道具の美しさ(以下、包括的な概念として「道具の美」とする)そのものが焦点化された趣味の蓄積がある。それは大正時代から昭和以降、財界人だけでなく、広く「大衆」の消費文化として広がっていった。
 こうした展開について茶道史研究(熊倉功夫1997等)、民藝研究(土田眞紀2007等)など各領域の蓄積がある。こうした状況に対して本研究は、「民藝」「茶道」「骨董趣味」等の個別領域の相互作用(例:民藝と骨董の関係等)と、その帰結としての「道具の美」をめぐる展開を捉えることを目的としている。
 そこで注目するのが、昭和初期に立て続けに創刊した雑誌群である。それは各領域を駆動させるメディアであり、各領域間の境界と際立たせる実践の舞台でもあった。そこには多くの読者も投書などを通して参加していた。
 そうした雑誌として、民藝運動の中心的な雑誌『工藝』(昭和6-26年)、鑑賞陶器についての雑誌『陶磁』(昭和2-18年)、北大路魯山人が顧問を務めた星ヶ岡茶寮の機関紙『星岡』(昭和5-16年刊行)、骨董趣味の雑誌『茶わん』(昭和6-25年)がある。
 本研究では、この四つの雑誌を蒐集し目録データを整理した。その上でメディア研究・社会学・民藝研究・アート・計算社会科学といった多様な立場から先述の「道具の美」をめぐる主要雑誌群を網羅的に分析し、「道具の美」をめぐるメディア実践の重層性を描き出すことを目指した。
 2023年度からの蓄積の中で明らかになっていったのは、明治期の輸出品としての工芸の展開に対して、昭和初期は国内の趣味人が工芸の消費者として立ち上がっていく様であった。雑誌というメディア自体が、工芸の趣味を広く知らしめ、新たな消費者を生み、育て、交流させるメディアとなっていた。昭和初めに起こった窯跡の発掘ブームを一つの発端とし、本人も発掘を指揮していた大阪毎日新聞社社長の本山彦一のサポートのもとに『茶わん』は生まれている。また大阪毎日新聞社京都支社は民藝運動に対してもサポートをしていた。陶磁器趣味、民藝運動は雑誌メディアと共に展開してきたのである。
 一方で、各雑誌間ではその趣味、モノへの態度における差異化が進んでいく。創刊当初、書き手どうしの交流もあった『茶わん』と『工藝』は、『工藝』への寄稿もあった秦秀雄と民藝運動の中心人物である柳宗悦との誌上での論争に象徴的に、その異なるスタンスが明瞭化していく(なお、調査を進める中で秦秀雄が民具研究とも関わりのある人物であることが明らかになった。当時、古道具をめぐる様々な態度、領域がせめぎ合う時期であったことを示唆するものだといえる)。それはいわば、「骨董趣味」と「民藝」という近接しながらも異なる概念がその輪郭を明確にしていく過程だった(團2025近刊予定)。
 また骨董趣味者が増え、日本人の国外移動が増加する中で、海外の古陶磁が誌上で紹介される機会は増え、さらに雑誌上でのオークションでもそうした海外から持ち込まれたと思われる道具が目立つようになっていった。
 今後の課題としては、時間をかけて作った雑誌目録データおよび広告データをもとに計算社会科学的なアプローチと概念分析的アプローチを並走させながら、1930年~1950年までの雑誌データの分析を進めていくことに加え、戦後の「道具の美」の展開を追うことである。そこには現代的な「道具の美」に到る幾つかの重要な局面(言説の担い手の転換等)が予想される。今後、2026年にかけて追加での研究会を組織し、最終的に冊子形態での成果発表を目標としている。

2025年9月