サントリー文化財団トップ > 研究助成 > これまでの助成先 > 「やわらか,やさしい」図書館を通した超高齢社会における図書館のユニバーサルサービスの構築と社会実装

研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

「やわらか,やさしい」図書館を通した超高齢社会における図書館のユニバーサルサービスの構築と社会実装

筑波大学図書館情報メディア系 助教
武田 将季

1. 本研究の目的と概要
 これまでも,公共図書館はユニバーサルサービスの提供を進めてきた。公共図書館におけるユニバーサルサービスとは,年齢や障害に関係なく,誰もが等しく図書館サービスを利用できるようにするための取り組みである。しかし,従来は主に身体障害者等を対象としてきたため,認知機能が低下した高齢者に対するユニバーサルサービスの提供が不十分であった。本研究では,情報工学,認知工学の知見から,高齢者の認知機能低下を補う仕組みを開発し,社会実装する。今後も高齢化が進む(認知症高齢者が増える)ことが予想される中,日本は高齢化率世界第一位でもあり,本研究が実装された場合,国際的なインパクトも大きいと思われる。
 本研究では,「やわらか,やさしい」図書館の試行を通して,超高齢社会におけるユニバーサルサービス構築と社会実装を行う。具体的には,「やわらか,やさしい」図書館では,1)認知機能が低い高齢者であっても,必要な情報にアクセスし,入手できるような「やわらかな」利用感で,これらに人々にとって「やさしい」図書館を目指す。さらに,2)認知症の人やその家族が,必要な情報をためらうことなく入手できるだけでなく,認知症の人やその家族を「やさしく」支えるようなコミュニティの形成を,公共図書館から支えることを目指す。

2. 本研究における方法と得られた知見
 2025年2月に公共図書館において,認知症コーナー(認知症に関係する図書や雑誌の展示,また,地域包括支援センター等をはじめとした相談窓口の紹介,認知症に対する理解の促進を目的としたパネル展示)の設置および利用状況の分析,インタビューを実施した。インタビューは,認知症当事者や認知症当事者と関わる作業療法士,支援団体,家族,さらに,認知症支援サービスを提供する公共図書館の館長を対象とした。その結果,公共図書館における認知症に関する展示に対する認識と展望として,より多様な主体,例えば,認知症当事者や介護者,その他支援者との連携が欠かせないことが示された。また,認知症に関する情報は,認知症当事者やその関係者だけでなく,地域に暮らす人々にとっても欠かせない情報であることが示唆された。多くの人々が認知症に関する情報を得ることで,認知症に対する偏見をなくすことにつながり,認知症になっても住み慣れた地域で,自分らしく暮らすことが可能になると思われる。現在,公共図書館における認知症に関する展示では,多くの課題を抱えているが,まずは,公共図書館やそこで行われている展示に対する心理的,物理的アクセスのハードルを下げ,さらに,多用なメディアによって情報を発信,入手できるようにすることが有用であることが示された。
 併せて,情報リテラシーの低い高齢者が公共図書館において自らが求める図書を探索することが困難であることを背景に,どのようにすれば公共図書館のサービスを享受しやすい環境を整えられるかを調査した。調査は,既存の心理尺度等を用いて実施した。その結果,図書館職員に対して図書の調べ方を尋ねることが恥ずかしいとの心理が働いている可能性が示唆された。新型コロナウイルス感染症の流行下に構築した非対面,デジタルのサービスを活用することで,これらの問題が解決される可能性がある。しかし,当該調査では,情報技術等を活用した最先端のサービスの利用には抵抗を感じる傾向も示されている。全てを新しい技術で解決するのではなく,馴染みのある技術の活用方法を工夫することで克服することが望ましいと思われる。

3. 今後の課題と展開
 高齢者による公共図書館の利用には多様な困難が伴うことがわかっている。そして,公共図書館の利用に困難を抱える高齢者,さらには,高齢化に伴って増加する認知症者を支援するには,様々な角度からサービスを見直す必要がある。さらに,これらの人々を取り巻く利用者による包摂的な態度も欠かせない。今後は,困難を抱える人々に対する直接的なサービスだけでなく,より多くの人が多様性を理解し,支援を行えるような環境を構築していくことが求められる。

2025年9月