成果報告
2024年度
「歓待インフラストラクチャー」から読み解く近世ヨーロッパ都市文化=空間構造の比較研究
- 上智大学文学部 教授
- 坂野 正則
「歓待インフラストラクチャー」(「歓待インフラ」)とは、下部構造としての、歓待施設(城館・修道院・別荘など)、周辺都市領域の地区・道路・河川・運河網といった空間組織、ならびに歓待を準備・実行する集団、彼らが持つ技芸、運営システム、規範から構成される有機的な社会工学的装置と、上部構造としての祝祭、饗宴、都市行列、茶会、演奏会等の歓待空間との往還運動を指す。本研究は、近世ヨーロッパ都市における様々な「歓待」行為に着目し、その性格を歓待インフラとして捉えなおすことで、「歓待」を一過性の娯楽や余暇ではなく、都市文化形成の主要な原動力、人間関係の信頼と安定の基盤を構築する日常的基層行為として考察することにある。
[研究の進捗状況]
2024年度は、本研究の2年目にあたり、「歓待インフラストラクチャーHospitality infrastructure」の研究対象の拡張と、時代・地域を越えた比較考察と対話による近世ヨーロッパ都市の特性把握、研究成果の発信を目標として実行してきた。とくに、研究対象としては、信頼構築の重要な柱としての友愛を分析軸として、ヨーロッパと日本の都市における空間利用の比較研究を行ったこと、海外調査(フランス・イタリア)によって、狩猟と歓待に関する地図類を中心とした史料を収集し、環境史的視点との融合に向けた知見を獲得できたことは大きかった。また、「渋沢栄一と喜賓会」展の見学会を企画することで、渋沢栄一研究と歓待インフラ研究との接合の可能性にも気づかされた。
また、初年度に引き続き、アカデミックな専門人にとどまらず、非アカデミックな世界で歓待のスペシャリストとして活躍する方々との交歓も本研究の主要な柱の一つという姿勢を継承した。「歓待インフラ」に関する残存する史料というものは限られてしまっているため、その歴史的役割を正確に測定するためには、現役の活動を実践する方々からの聞き取りやその方々との対話が重要であると考えているからである。特にラウンドテーブルの機会を活用しての実践を継続できた。よって、研究は予定通りに進捗したと言える。
[成果]
2024年度の成果としては、2回の「歓待インフラ」研究会、1回の「歓待インフラ」研究ラウンドテーブルがある。また、研究冊子として『フィールドから読み解く歓待インフラストラクチャー② 近世ヨーロッパ宮殿 狩猟と環境が生み出す宮廷社会の調和』(仮)が編集中である。
活動の詳細な内容については、歓待インフラストラクチャー研究会のウェブサイトを参照。
[研究で得られた知見]
1:「歓待インフラ」概念によるヨーロッパ宮廷の分析:「狩猟と歓待」を軸として、研究対象を動植物や水環境にまで拡大することで、環境史的視点との接合を試みた。
2:海外調査(フランス・イタリア)による史資料の収集:ヴェルサイユおよびマルリー宮殿に関連する地図・図版史料、トリノのヴィラに関する地図資料の収集をおこなった。
3:「歓待インフラ」からの近世時代区分論:「歓待インフラ」の成熟期=近世と捉えることで、16~20世紀の時代区分論を再考する可能性を検討した。接待(歓待)文化の衰退=近世的要素の衰退?
[今後の課題]
2024年度に完成できなかった冊子の出版と1回分の「歓待インフラ」研究ラウンドテーブルを2025年度中に実施する。
2025年9月




