成果報告
2024年度
話し手の性差や声の高低、属性は政策の認知や受容に影響を及ぼすか
- 東北大学大学院情報科学研究科 准教授
- 河村 和徳
これまで、政治学や選挙研究における声については、政治家の声が好感度や信頼度などの印象評価に与える効果や有権者の投票選択や得票率などに与える効果など、政治家が提供する情報、中でも非言語情報に基づく政治家と有権者との間の直接的な政治コミュニケーションの一環として研究の蓄積がなされてきた。ただし、有権者が接する政治的情報は、政治家が直接提供するものだけではなく、テレビなどのニュースによる間接的なものもある。我々は、有権者がもっとも想起しやすい声の1位が「歌手」、2位が「内閣総理大臣」、3位が「民放アナウンサー」という知見から、本研究課題において、非言語情報としての声がニュースの認知などにどう影響しているのか、発声と印象形成に注目して研究を行った。
声の音声を聞かせ、印象を回答させる心理実験の結果、男性アナウンサーの声で外交的な対決姿勢を想起させるハードなニュースが流された場合、緊急性の認知が上昇することが明らかになった。また国際交流のようなソフトな内容のニュースを女性アナウンサーの声で流すと、好感度や信頼度が上昇しやすいことがわかった。また、先行研究で示されていた、「低い声は好感度や信頼度を高める」という効果は確認できなかった。ニュースの内容と読み手の性差の関係性がある可能性も見えた。
また、近年、TV局においてニュースをAIに読ませる取り組みが国内外で試みられており、AIを用いる効果についての心理実験も行った。その結果、①アナウンスが人による発話か、AI による発話かの違いは頑健であり,現時点では声の持ち主が「人」であることがニュースの伝達に対して一定の効果を持ちうること、②AIによるニュースの伝達は、無機質な内容を伝達するには適していること、などが明らかになった。これは、政見放送・経歴放送のアナウンス、選挙速報の票読みといった中立さを求められるようなアナウンスには適していることを示唆している。
ところで、近年の選挙では、ディープフェイクを利用したフェイクニュースが拡散されるようになり、SNS上でのフェイクニュースをどう取り締まるのかが課題となっている。我々の研究では、AIがつくりだす声は政治的中立性にプラスに働くことを示したが、現実の社会では有権者の判断を誤らせるために、AIによってつくられた映像や音声などが利用されている。こうした状況をどう克服していくか、本研究ではこれについての検討も試みた。
ベンチマークの1つとして、2025年6月に実施された韓国大統領選挙におけるフェイクニュース対策を調査した。憲法機関として中央選挙管理委員会がある韓国では、サイバーパトロールの強化などフェイクニュース対策を徹底的に行い、プラットフォーマーに対する協力要請、AIなどを利用した監視などに取り組んだ。しかしながら、日本の選挙管理委員会や警察等にインタビューしたところ、マンパワーが乏しく、財政的な支援に乏しい日本では、韓国のような取り締まりは難しく、異なる形でフェイクニュース対策を試みる必要がある。総務省選挙部の経験がある平井伸治鳥取県知事などとの対談や笹川平和財団における東南アジア・日本におけるSNS選挙に係るセミナー、東京都市研究所におけるシンポジウムなどを通じ、統一地方選挙の再統一化などSNS時代に合わせた選挙制度のリデザインが必要であることが見えてきた。ただし、日本の選挙ガバナンスではPDCAサイクルが機能しておらず、司法による違憲判決などがないと、国会議員がなかなか動かない実態も明らかになった。
本研究を通じ、制度を見直すだけではなく、次代の有権者に対するリテラシー教育の必要性も検討しなければならないことも把握することができた。そうした中、本研究のメンバーの1人である後藤心平が中心となって、2025年度から日本メディア教育学会にメディア・リテラシーSIGを立ち上げ、第1回研究会「民主主義とメディア・リテラシー教育:選挙における情報接触のあり方を考える」が、2025年9月20日、スマートニュース株式会社イベントスペース(東京都渋谷区)で開催された。教育学との連携を通じて、SNS選挙時代の有権者をどう育てるかも、我々は検討しなければならない。
本研究は、当初、アナウンサーの声という非言語情報の影響について調査するという狭い視野でスタートした。しかし、この1年間の研究を通じて、我々の視野は、SNS選挙制度の見直しと次代の有権者に対するリテラシー教育の必要性という部分にまで拡大した。1年を通じて、「学問の未来を拓く」というタイトルの意味がわかったような気が筆者らはした。今後、我々には非言語情報の選挙にもたらす影響についての知見を掘り進めていく一方、今回の研究を通じて派生的に得られた知見を社会に還元していくことも求められている。
2025年9月
※現職:拓殖大学政経学部 教授




