成果報告
2024年度
イスラーム社会における男女別学の倫理とジェンダー
- 東京大学大学院人文社会系研究科 助教
- 小野 仁美
●研究の進捗状況
本研究では、イスラーム社会における男女別学の倫理とジェンダーについて、文献による思想研究と、ムスリム諸国計4か国(イラン、エジプト、トルコ、アフガニスタン)の現地調査にもとづく研究を相互に参照し、総合的な分析を試みた。具体的には、古典的なイスラーム学関連文献の読解・翻訳に加え、アフガニスタンのイスラーム知識人による政治論、教育論、1979年のイラン・イスラーム革命以降シーア派教義に立脚したかたちで男女別学が機能しているイランの中学・高校の現地調査、スンナ派の伝統的イスラーム機構であるエジプト・アズハル学院の中学・高校の現地調査、男女共学化の進むトルコにおいて近年進展する男女別学への回帰の様子の現地調査、ターリバーン政権下で女子教育の停滞するアフガニスタンの現地調査をそれぞれ行い、ムスリム諸国における男女別学の意義がどのように捉えられ実践されているかを明らかにした。
●研究で得られた知見と研究成果
イランでは、1979年のイスラーム革命以降、中学・高校での男女別学が徹底されてきたが、その背景には最高指導者ホメイニー師の次の見解がある。「イスラームにおいては、女性には男性が権利を持つあらゆる分野の権利―学ぶ権利、働く権利、所有する権利、選挙権、非選挙権など―がある」「イスラームは男女それぞれに相応しい役割を認め、例えば女性は男性より育児に相応しいが、それは女性の職業選択の権利を制限するものではない」。
こうした見解は、1924年の建国以来、男女共学が浸透しているトルコでも、近年その意義が見直されている女子宗教学院等で主張される。同国ではイスラームを専門に学ぶ宗教学院の意義が見直されている。ただし、これまでトルコの男女別学は主に「宗教保守vs世俗」の枠組みで論じられてきたが、その中にはジェンダー、社会的心理的影響、学業的成功、生徒のニーズという異なる観点の議論が含まれており一様に理解することはできない。
アフガニスタンのターリバーン保守派による女性論の分析からは、男女ともに教育を受けることは重要であるが、思春期以降の男女の混合を禁ずる宗教的思想が読み取れる。一方で、現地の最新情報からは、内戦や外国の介入による政治不安や経済制裁の影響が深く影を落とし、さらには国民が多様な民族・宗教・言語で構成されている複雑な事情が難題をはらみ、女子教育再開の障壁となっていることが明らかとなってきた。
研究成果の公開として、西山尚希編、中田考、西山尚希, 松永修, 平野貴大, 松山洋平, 小野仁美訳『ターリバーン保守派の女性論―『イスラーム首長国とその制度』解説・翻訳 (抜粋)』(東京大学大学院人文社会系研究科イスラム学研究室, 2025年)を刊行した。さらに、書籍『男女別学の倫理とイスラーム』(仮題)を、2025年度末までに刊行予定である。
●今後の課題
本年度の研究においては、男女別学のうち女子校についての調査を積極的に進めることができたが、男子校の実態やその意義についての調査を行うことができなかった。さらに、男女別学/共学と就労の関係についても未検討である。これらは、イスラーム社会における教育とジェンダーの問題を考えるうえで重要な点であり、今後の課題である。
2025年9月
※現職:東京大学多様性包摂共創センター 特任研究員




