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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

不可視化への抵抗:「世系と職業に基づく差別」と「日本美術史」に関する研究

多摩美術大学美術学部 非常勤講師
小田原 のどか

研究の進捗状況:〈日本美術史〉において被差別部落に関わる表現や表現者に関する研究は極めて少ない。①それがどのような力学に由来するものなのか看破すること、②被差別部落に関する表現や表現者を可視化すること、③美術館学芸員などが現場で直面している困難の解決につながる議論を蓄積することが、本共同研究「不可視化への抵抗:〈世系と職業に基づく差別〉と〈日本美術史〉に関する研究」(以下、「不可視化への抵抗」)の目的である。
 2024年度は、関連分野のゲストを招いたオンライン研究会とともに、沖縄県読谷村、水平社博物館、西光万吉顕彰会での作品調査とインタビュー、そして大阪住吉地区で第3回研究発表集会を開催した。2023年度「学問の未来をひらく」の助成を受け、第1回研究発表集会を京都市立芸術大学で、第2回研究発表集会を国立西洋美術館で実施して痛感したのは、大学や美術館などの場所での報告や討議とともに、本共同研究により得られた知見をそれぞれの地域へも還元する必要があるのではないかということだった。それゆえ第3回研究発表集会は、住吉部落史研究会の協力のもと住吉住宅集会所で実施し、地域外からの来場者とともに地域住民に向けて研究報告を行った。

研究の成果と得られた知見:住吉での第3回研究発表集会の内容は、住吉隣保館「寿」が発行するニュースレターとともに、『建築ジャーナル』2025年9月号[特集:差別・人権・地域 大阪 住吉地区は発信する]で報告している。『建築ジャーナル』での特集は、住吉の五者会議での合意のもと、本共同研究が企画に全面協力することで実現に至り、住吉の人権のまちづくりの歴史や、地域に根ざした女性たちの表現、そして住吉地区住民と沖縄在住の彫刻家・金城実がつくりあげた大壁面彫塑の半分が、完成から50年ちかく経ったいまも展示ができていない「不可視化」のただ中にあることを発信することができた。被差別部落の表現や表現者はすでに地域に蓄積されている。研究報告集会を通じた建築専門誌での特集実現によって、地域に蓄えられた知見をいかに社会にひらくか、先行事例をつくれたと考えている。
 また、水平社博物館、西光寺、西光万吉顕彰会で「水平社宣言」の起草者である西光万吉が手がけた美術作品の調査では、とくに粉本(下書き・画稿)の調査の結果、西光が参照したのは『景年花鳥画譜』と幸野楳嶺『千草之花』が刊行される前の段階の粉本である可能性が高いこと、また、応挙の粉本との類似性から、円山派の粉本が近代にどのように継承・活用されていたのかの考察材料となることが明らかになった。これらの調査結果は、西光が専門的な美術教育のネットワークやコミュニティと関わりをもっていたことを証明するものである。
 こうした調査をもとに、「生誕130年記念特別展「西光万吉の表現」」展(2025年11月1日〜2026年1月12日、会場:水平社博物館)を水平社博物館と本共同研究の共催で開催することが決定している。部落解放運動の創始者・西光の美術作品が水平社博物館で一堂に会する初めての機会となる本展を契機に、西光作品を美術史研究の俎上に載せることを企図している。

今後の課題:上述した本共同研究の目的①②③について、①②はおおむね計画通りに進行しているが(『この国(近代日本)の芸術:〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』の刊行:①、大阪住吉地区での壁画作品調査と『建築ジャーナル』での特集、水平社博物館などでの西光作品の調査と展覧会の実施:②)、③についてはまだ途上にある。関係者の協力のもと、引き続き共同研究を進め、事例の蓄積と可視化を続ける所存だ。

2025年9月
※現職:横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院 専任講師