成果報告
2024年度
WPSがひらく軍隊の新しい地平
- 防衛省防衛研究所特別研究官(国際交流・図書)付 研究員
- 岩田 英子
1.研究の進捗状況
2024年8月から始まった研究は、社会に存在する組織の中で最も硬質的で多様性に乏しい軍隊を事例にすることで、WPSの基調をなす人権規範としてのジェンダー視点の有効性を検証することを目的とし、その際、軍隊がWPSを履行する上でカギとなる、ジェンダー視点を軍隊の営みの中でも、雇用管理制度、人材育成制度、及び、意識・組織改革に反映させるために、WPS教育資料を作成することを最終報告形態とした。
WPS教育資料の作成のため、勉強会を開くとともに国際会議・フォーラム等へ積極的に参加したばかりでなく、ベルギー王立士官学校及びアメリカ海軍大学でのWPS教育を現地で視察した。これらの活動を通して知見を基にWPS教育資料を作成して自衛隊の教育に活用した後、女性の人権の専門家である研究協力者が約2か月をかけて、作成したWPS教育を精査した。
2.研究で得られた成果・知見
まず、WPSに対する理解が、NATOと米軍では異なった。WPSの「W」が女性からジェンダーへと進化し、現在はDiversityへとその意味を読み替えるようになっているのが、NATOでのWPSということであった。一方で、アメリカ海軍大学でのWPSはあくまでも米軍の作戦運用の一助になるようなジェンダー視点・分析の反映であり、WPSをDiversity・Equity・Inclusion(DEI)という雇用管理制度と等しいものとしていなかった。次に、WPS教育視察や国際会議・フォーラム等への参加を通して得たのは、WPSの本質が女性のみの主体性・尊厳の保護にあると主張したのは市民社会組織等のシビリアンであった一方、軍人は男性であろうと女性であろうと、男・女の主体性・尊厳の保護がWPSの基調をなすという主張であった。WPSという人権規範の本質を問うには、軍隊からの意見を取り上げていては軍隊の硬質的で一体性に富む組織文化を変革させるようなWPS教育は生成しないのであった。
3.今後の課題
軍隊の硬質的で一体性に富む組織で取られる意思決定手段である上意下達や、その基調をなす集団思考に疑義を唱えることなく、人権規範としてのWPSが、軍隊の硬質的で多様性に乏しい男性中心性の組織文化をいかにして変革するかという点を見直す必要がある。その上で、WPSの本質が女性の主体性・尊厳の保護であることを改めて認識し、それをWPS教育の内容に反映させなければならない。そのためには、軍隊でのWPSが雇用管理制度におけるDEI施策と異なるものであることを明確にする必要がある。
WPSをDEIと関連するものとして整理したWPS教材と、継続する研究で作成する予定である女性の主体性・尊厳を守ることで組織文化の変革を目指すWPS教材とを、軍隊以外の一般の研究者により比較検証することが今後の課題である。
2025年9月




