成果報告
2024年度
進路指導における「思い込み」の実験経済学的検証から「探究的な」進路選択支援の実践へ
- 神戸大学大学院経済学研究科 講師
- 井上 ちひろ
本研究は、高等教育における進学選択の男女差の背景要因を明らかにし、社会に還元可能な知見を提供することを目的としている。大学・学部選択の男女差は国内外で長く指摘されてきた。女性が理工系分野を選択する傾向が低いことは、男女の賃金格差 や技術や製品が男性中心的に偏ること にもつながりうる。さらに日本では、選抜度の高い大学の女性比率は低水準にとどまっている。進学選択の男女差の要因の解明は、人材活用や男女共同参画を進める上で重要である。
潜在的な要因として比較的着目例が少ないのが、学校の教員との関連である。海外では近年、実験的手法や大規模な行政データを活用して、教育者の無意識バイアスや固定観念が進路指導や成績評価に与える影響を分析する研究が進んでいる 。日本では、制度上も教員の進路指導の役割が大きいが、進路指導を定量的に分析した研究はほとんどない。また、指導の差が「合理的な」考えに基づく可能性もあり、教員が進路指導において考慮する多面的な要因を定量的に把握することは、国際的な研究群に対しても貢献すると考えられる。
本研究では、進路指導の際に考慮する要因を検証するため、実験経済学の発想を取り入れた調査を新たに設計している。信頼性の高い統計分析にはより多くの回答者が必要であるため、自治体の担当者などとの協力体制の構築が重要なステップである。また、調査設計そのものの精度を高めるためにも、調査仮説の妥当性を事前に吟味することは重要である。助成期間内に複数の教育関係者・専門家に対して行ったヒアリングでは、研究チームが持つ仮説に関してだけでなく、教育現場が抱える問題意識についても聞き取りを行い、協力の在り方を慎重に探った。
これまでの進捗を通じて、当初の仮説が大きく外れていないという感触を得たが、短時間で回答可能なよう簡略化した調査設計では現場の複雑な実態を捉えるには限界があることもわかった。調査設計のブラッシュアップは今後の課題である。また、仮説の当てはまりには地域差があるという懸念が浮上した。今後は、現在打ち合わせている自治体だけでなく他地域にも対象を拡大することで結果の一般化可能性を高めることを目指している。そのための体制強化として、他自治体との連携経験を有する研究者が新たにチームに加わった。
以上のように、本研究はまだ基盤整備の段階にあるが、教育現場への還元や政策立案に資する実証研究の土台を着実に構築しつつある。今後は、地域差を考慮したデータ収集と分析を通じて、進路指導や進学選択の男女差を説明する要因を解明し、教育現場での実践や制度設計に資する具体的な提案へと発展させることを目指す。
1 Francesconi, M., & Parey, M. (2018). Early gender gaps among university graduates. European Economic Review, 109, 63–82.
2 Koning, R., Samila, S., & Ferguson, J.-P. (2020). Inventor Gender and the Direction of Invention. AEA Papers and Proceedings, 110, 250–254.
3 Carlana, M. (2019). Implicit Stereotypes: Evidence from Teachers’ Gender Bias. The Quarterly Journal of Economics, 134(3), 1163–1224.
4 Lavy, V., & Sand, E. (2019). The Effect of Social Networks on Students’ Academic and Non-cognitive Behavioural Outcomes: Evidence from Conditional Random Assignment of Friends in School. The Economic Journal, 129(617), 439–480.
2025年9月




