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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

日本における新たな女性移民に関する質的研究:文化的要因によって越境する女性たち

日本大学国際関係学部 助教
伊藤 雅俊

 本研究は、台湾やインドネシア出身のアジア人女性が異郷である日本において、いかにして主体的に新しいネットワークや文化的アイデンティティを構築しているか、また彼女たちがそれらを通してどのような文化資本や社会関係資本を獲得しているかについて、歴史的・社会的・文化的文脈を考慮しつつ、個々人の語りに着目してマイクロな視点から考察するものである。

本研究を通して以下の知見を得ることができた。
①アジア人女性の国際移動には、依然として経済要因が強く働いているが、本研究におけるインフォーマント、20代~30代のアジア人女性の来日動機および目的には、文化や感情要因も大いに関係していることが明らかになった。 ②本研究のインフォーマントは、日本において母国と日本のどちらにも属さない自律的なネットワークを形成している。彼女らは母国と日本文化・社会の狭間で血縁や地縁や社縁などとは異なる新しい関係性を築き、そこから自律性を獲得していると言えよう。このことは、独自の「趣味共同体」を構築している台湾人女性に顕著である。 ③日々日本文化を学びながら、たくましく生活するアジア人女性の姿が明らかとなった。彼女たちは単身で主体的に来日し、日本語だけでなく、勤勉さ・礼儀・倫理観といった日本の文化的価値を積極的に学んできた。そして、日本で習得した文化を状況に応じて使い分け、職場などで日本人と良好な関係を築いている。他方、とりわけインフォーマントであるインドネシア人女性においては、日本でのキャリアアップを視野に入れ、定住を目指す傾向が顕著に認められる。また、彼女たちの中には、将来的に第三国への移住を選択肢として検討している者も確認された。 ④彼女たちは日本への文化化・社会化の過程で、固定化された「インドネシア人」または「台湾人」ではなく、状況に応じてエスニックな境界線を引き直す、ということを意識的・無意識的に行っている。日本文化・社会や日本人との関係性や関わり方によって、またライフステージやコースの変化によってエスニックな境界は絶えず再構築されていくと考えられる。

 最後に今後の課題について述べる。これまでのところは、たとえばインドネシア人・インドネシア文化(=A)と日本人・日本文化(=B)といった二項対立的な枠組みでは捉えきれない、第三の空間・価値観・アイデンティティ等々(=C)そのものの考察にとどまっている。「AでもなくBでもない」存在としてのCに焦点を当ててきたが、今後はそれらの生成過程に着眼していきたい。状況的にAとBとCの間を揺れ動くアジア人女性の動態性と可変性に着目し、「点」ではなく「線」の解明を試みる。

2025年9月
※現職:日本大学芸術学部芸術研究所 研究員