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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

ツーリズムジェントリフィケーションによる居場所の立ち退きについて

芸術文化観光専門職大学芸術文化・観光学部 准教授
池田 千恵子

●研究の目的
 本研究では、宮古島市と倉敷市を対象に日本国内におけるツーリズムジェントリフィケーションによる「居場所の立ち退き」について、検証を行った。ツーリズムジェントリフィケーションとは、観光需要の高まりにより、宿泊施設や観光関連施設が増加し、低所得者層の立ち退きや商業施設の変容が生じる現象である(Gotham 2005)。空き家や空き店舗が宿泊施設に置き換わり、地域住民が利用していた飲食店や食料品店は、観光客向けのカフェや土産物店に置き換わる。また、大規模な機関投資家などによる不動産投機も行われる(Cocola-Gant 2018)。そして、賃料が上昇し、低所得者層の立ち退きが生じる(Gotham 2005)。人々がかつて自分たちの近隣だと思っていた場所が、観光客向けの空間に変容することで、地域住民に「居場所の立退き」をもたらす現象(Davidson 2008)でもある。

●研究の進捗ならびに得られた知見
 宮古島市では、宿泊施設や観光関連施設の増加により、工事関連や観光関連従事者、ならびに大都市圏から進出した飲食店の従事者の増加により、賃貸物件の不足が続き、賃料が上昇していた。また、路線価ならびに不動産価格も高騰していた。これらの影響を受けている飲食店や住民にインタビュー調査を行い、その実態を明らかにした。
 居場所の立退きとしては、地域住民が過ごしていた御嶽(信仰の場所)や海辺に観光関連の施設(宿泊施設やカフェ)が建設され、住民の「居場所の立ち退き」が生じていた。
 倉敷市では、美観地区の歴史的建造物の景観が地域の魅力となり、観光客を惹きつけていたが、2014年に完了した無電柱化により、観光エリアが住民の居住地に及ぶようになった。これにより空き家を再利用した観光客向けの商業施設が増加し、食べ歩きや客引きなどにより、従来の落ち着いた観光地の風情が損なわれていた。そして、週末の観光客の往来の増加による騒音など、地域住民の静かな生活が阻害されていた。
 こうした状況について、地域住民やNPO団体などから聞き取り調査を行い、その実態を明らかにした。また、倉敷伝建地区をまもり育てる会の協力のもと、「持続可能な観光地づくりに向けたアンケート調査」を実施し、186名から回答を得た。アンケートからは、観光客の増加に伴い、店舗前や公道の行列や食べ歩きが増加している状況や地域住民同士や店舗との繋がりが希薄になったことなど、地域住民にとっての弊害が明らかになった。
 その一方で、観光地のマナーを守る観光客は大切にしたいと考える地域住民がいるなど、観光客の態度によっては受け入れる意向があることも確認できた。

●今後の課題
 今後は、インタビュー調査やアンケートの分析結果をもとに、持続可能な観光について検討が必要である。地域住民だけではなく、行政や事業者などを含めたプラットフォームの形成による持続可能な観光についても検討を行っていく。
 また、倉敷市のツーリズムジェントリフィケーションの対応策として、用途地域の見直し、特別用途地区や地区計画などの指定、まちづくり協定の制定などの可能性について、検討したい。
 そして、アンケート結果から地域住民の地域愛着の規定要因をモデル分析により明らかにし、地域愛着意識の構造モデルも検討していく。

2025年9月
※現職:大阪公立大学大学院都市経営研究科 准教授