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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2024年度

アナキズム芸術をひらく 望月桂資料の研究と利活用

二松学舎大学文学部 准教授
足立 元

 本研究の趣旨は、日本におけるアナキズム芸術運動の歴史において重要資料でありながら全貌が不明の望月桂遺族宅資料(以下、望月資料)を、初めて悉皆調査・データベース化し、然るべき保存容器に納めて整理し、展示・出版・イベントをつうじて利活用し、将来の保存と評価へとつなぐものである。
 長野県安曇野市の自邸に望月が残した膨大な資料には、「黒耀会展」出品作として大杉栄が描いた自画像、有島武郎と望月桂の合作などを含む、アナキストたちが描いた絵画200 点余り、関連する文書資料や日記・手紙類が含まれる。望月資料は、穏やかな農村社会の中で、ほぼ手付かずのまま残された。2022年から申請者たちは望月資料の本格的な調査を行ってきた。研究グループは、足立を中心に、美術館学芸員や地元地域の関係者、美術・文学・社会運動などの研究者、アーキビスト、ジャーナリスト、編集者らからなり、「望月桂調査団」と称した。

研究の進捗状況
 2024年8月から2025年7月にかけては、原爆の図丸木美術館における企画展「望月桂 自由を扶くひと」に向けて、これまでの調査の成果を集約し、暫定的な目録化、作品や資料の輸送のための方法検討、展覧会の内容のキュレーション、展覧会ZINEの編集制作、展覧会にあわせた様々なイベント企画を行った。前例のない取組みゆえに、科研費だけでは賄えない多くの困難があった。貴財団の支援、遺族の献身的な協力、地元の行政の助けがあって、乗り越えることができた。研究メンバーによる活発な議論と検討を経て、計画は想像以上にふくらみつつ、大きな成果を上げることができた。

成果
 最も目玉となる成果は展覧会の開催である。これまでほとんど美術館で紹介されたことがない、しかし美術史上でも社会思想史上でも重要な作品資料を、望月桂の生涯を軸に並べた。また、無料配布した展覧会ZINEでは、調査の中でメンバーが考えたこと事をつづったエッセイや対談を収録した。読み物として面白く、資料としても手軽な望月桂入門であり、さらなる問いにいざなうものである。さらに、アーティストともに悉皆調査を行ったことは、結果的に展覧会において歴史と現在をつなぎ、学術研究の可能性を広げる試みになった。
 展覧会は、『Tokyo Art Beat』『美術手帖』『芸術新潮』『artscape』をはじめとするメディアやSNS上で多くの好評をいただいた。また、アメリカのアート研究メディア『e-flux』にもレビューが掲載され、国際的な注目を集めることにもなった。望月桂を大きく知らしめたことは、次世代による資料の研究や利活用にもつながるはずだ。

研究で得られた知見
 望月資料は、養蚕に使われていた蔵に100年近く置かれていたので、当初は温湿度ともに良好な保存状態だと思われていた。だが、搬出してみて、実はギリギリの危険な状態だったことが分かった。燻蒸を行い、一部は新しく額縁に入れなおして、展示できる状態になった。絵の裏に書かれた文字を読んだり、日記・回想ノートと照合したりして、絵のタイトルや内容がよりハッキリすることもあった。展覧会のキャプションを用意する必要がなければ、絵の中の読みにくい「くずし字」を、知恵を合わせて解読することもなかっただろう。さらに、何度も安曇野の地を訪れたことで、望月の風景画の深い意味を理解出来た。また、展覧会を行ったことで、幅広く情報提供を受けることにもなった。かつて晩年の望月桂にインタビューしたことがある方から音声の入った録音テープをいただくなど、思わぬ収穫がいくつもあった。

今後の課題
 地元の安曇野市でも望月桂展の開催が望まれている。さらなる調査の成果をここで報告したい。だが展覧会はあくまで調査の途中報告であり、完全なデータベース化が大きな目標である。2000点近い文書資料は、文脈を持ったアーカイブにしていく。それに合わせて詳細な年譜を作成する。そして望月資料の書籍化刊行、研究論文集の刊行、英語のキャプションや解説など国際的な需要に応えた活動を大きな課題としている。

2025年9月