成果報告
2023年度
感染症流行が紛争に及ぼす影響の解析
- ハーバード大学政治学部 博士課程
- 向川原 充
感染症流行は紛争を激化させるのだろうか。COVID-19パンデミックの際、紛争地帯における感染症流行拡大が懸念されたように、感染症と安全保障の関連性の解析は喫緊の課題である。まず何より、紛争地帯における医療従事者や患者の安全確保は感染症流行制圧に不可欠である。また、もし感染症流行が紛争を引き起こすならば、紛争地帯の感染症流行に際して、国連平和維持活動(PKO)などとの連携が必要となる可能性もある。
エボラウイルス病やCOVID-19など、現代社会は数多くの感染症流行と、その政治経済学的帰結を経験してきた。だが感染症流行が国内・国家間紛争に与える影響は未だ明らかになっていない。たとえば感染症は武装勢力や軍の健康状態、軍事物資のサプライチェーンにも影響を及ぼすため、流行中には紛争や政治的暴力の実行自体が困難となるという議論がある一方(Breslawski, 2021)、感染症流行は統治機構を脆弱にし、武装勢力がこれを奇貨とし蜂起し、紛争が激化する可能性も議論されているのである(Bagozzi, 2016)。
しかしながら、これらの先行研究には2つの重大な課題がある。第一に、学際性の欠如である。感染症流行が紛争に及ぼす影響の解析は、これまで主に政治学と公衆衛生学の分野で行われてきた。だが、前者は感染症が持つ医学的多様性を考慮しない傾向にあり、例えばCOVID-19の事例を用いて感染症流行一般に関する議論を展開するなど、現場での実態を反映した理論となっていない。一方、公衆衛生学の研究は、国家の政治的背景や武装勢力の持つ政治的目標を無視しがちであり、なぜ感染症流行が武装勢力を蜂起させるのかを解き明かせていない。
第二に、計量解析の方法論にも課題がある。感染症流行は流行地域だけでなく、その周辺地域にも影響を及ぼす。また、過去の感染症流行が将来に与える影響も無視できない。統計学ではこれらをスピルオーバー効果(Spillover effects)やキャリーオーバー効果(Carryover effects)などと呼ぶが、既存の計量経済学的手法では、こうした副次的影響を十分に解析できないのである。
これらを踏まえ、私は医学・政治学・統計学の学際的な知見から、感染症の持つ医学・公衆衛生学的多様性を考慮し、新たな統計学的手法を開発し、感染症流行が紛争に及ぼす影響を解析してきた。
医学と政治学の視点から示唆されるのは、COVID-19のような(全世界型の)パンデミックではなく、むしろ辺境で生じる致死的な感染症流行が、紛争に結びつく可能性があることだ。こうした感染症流行の一例として、2018−2020年にコンゴ民主共和国北東部の国境付近で流行した、エボラウイルス病アウトブレイクが挙げられる。致死率が60%以上に達したとされるこのアウトブレイクでは、武装勢力がアウトブレイクの最中でもなお医療従事者や民間人、あるいは政府系組織に対して攻撃を行っていたことが知られている。
政治学の分野では、辺境は政府の統治機構が不十分であり(Nathan, 2023)、また地理的にもゲリラ戦などが行いやすく(Fearon and Laitin, 2003)、したがって紛争の重要な要因として知られている。医学の分野では、エボラウイルス病などの重篤な感染症流行は、コウモリなどの宿主が多く見られる辺境で生じやすく(Pigott, et al. 2014)、また出血などの特異的症状から社会的混乱をきたしやすいことが知られている。私はこうした辺境で生じる、医学的に影響の大きい感染症流行をフロンティア・クライシス(Frontier crisis)と名付けた。そしてフロンティア・クライシス型の感染症流行が紛争に与える影響を、その副次的影響も解析できる、位置情報データ分析のための統計学的手法を用いて分析した。
主解析では、政治的暴力に関する地理的データ(ACLEDデータベース)に加え、955件のサハラ以南アフリカにおける感染症流行の地理的データを新たに構築した。さらに2018−2020年のコンゴ民主共和国エボラウイルス病流行における全患者(3000名以上)のデータベースを構築し、これらを新たに開発した統計学的手法を用いて解析した。
これらの解析から得られた知見は以下の通りである。まずフロンティア・クライシス型のアウトブレイクは、その他のアウトブレイクと比較して政治的暴力の頻度を高めることが示された。これはすなわち、すべての感染症アウトブレイクが紛争に結びつくわけではなく、辺境で生じる致死的なアウトブレイクがより紛争に結びつきやすいことを示している。このことを追試するために、非フロンティア型、あるいは非致死的なアウトブレイクを介入として同様の解析を行ったが、これらのアウトブレイクではフロンティア・クライシス型のような介入効果は確認できなかった。フロンティア・クライシス型の感染症アウトブレイクにおいては紛争や政治的暴力の激化が示唆されるため、感染症アウトブレイクの類型にあわせた政策が不可欠であると示唆される。
2025年5月




