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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2023年度

男性美容部員からみる美容産業のジェンダー規範の変容・再生産メカニズム--日米比較研究を通して

一橋大学大学院社会学研究科 博士後期課程
永山 理穂

 本研究は、これまで「女性の職業」として認識されてきた美容部員という仕事に男性が参入することが、職場や社会の性別役割やジェンダー規範にどのような影響を与えるかを、日本とアメリカの比較を通じて明らかにしたものである。
 美容部員とは主に化粧品を顧客に販売する仕事であり、その多くが女性客を対象としているため、伝統的に女性中心の職場とされてきた。しかし、近年日本やアメリカなどの先進国を中心に、化粧品販売の現場で男性美容部員が増えつつある。男性が女性的とされる職業に入っていくことは、美容産業にとどまらず、社会の性別役割の固定観念やジェンダー規範に変化をもたらす可能性を秘めている。そこで本研究は、こうした変化の実態と影響を日米比較によって調査した。
 日本とアメリカを比較対象に選んだのは、両国が世界的に見ても大きな化粧品市場を持ち、美容サービスが高度に発達しているという共通点がありながら、男性美容部員の割合や職場環境が大きく異なるためである。具体的には、2022年時点でアメリカの美容部員に占める男性の割合は約7.2%と比較的高いが、日本は約0.5%と非常に低い水準である。このような差異を比較することで、ジェンダー規範が変化する要因や条件を探ろうと考えた。
 調査方法としては、実際の美容販売現場で働きながら行う参与観察、美容部員へのインタビュー、さらに美容広告の分析を行った。日本では東京都内の外資系化粧品企業A社で美容部員として勤務しながら観察を行い、男性美容部員12名、女性美容部員8名にインタビューを実施した。一方、アメリカではニューヨークおよびボストン市内の同企業の店舗で参与観察を行い、そこで働く美容部員(男性2名、女性2名、トランスジェンダー1名)へのインタビュー調査を行った。またニューヨーク最大の化粧品販売店で129ブランドの広告を分析し、美容産業におけるジェンダー表象の特徴を考察した。
 調査の結果、男性美容部員が働く職場環境や性別役割に関する考え方には、日米間で顕著な違いが認められた。日本では男性美容部員は新卒採用や美容専門学校など特定の経路から参入し、女性中心の職場で孤立感を抱えやすい傾向にあった。また服装や髪型、メイクに関する厳格な規定があった。さらに男性美容部員は「男性だから稼ぐべき」「男性だから早く昇進すべき」といった社会的期待を受けやすく(ガラスのエスカレーター効果)、その中で、男性美容部員は、女性は感性に優れ、男性はロジックに優れるという二元的な性別の価値観や、「女性同士は美に関して敵対的である」といったステレオタイプを内面化している様子も見られた。
 一方アメリカの職場環境は性別による規定が緩やかで、多様な経歴を持つ人々が働きやすい環境が整備されていた。しかし、別の問題として、「ゲイやクィアの男性は美容センスが優れている」という性的指向に基づくステレオタイプが存在し、特定の性的指向や性自認を持つ人々に対する新たな偏見や期待を生み出していることも確認された。このことから、アメリカを単純にジェンダー平等が進んだ理想的な例として称揚するのではなく、多様性を推進する中でも新たな規範や偏見が生まれうることに注意する必要があると考えられる。
 こうした調査結果から明らかになったのは、男性が美容部員として働くことが、単純にジェンダー規範を変える、あるいは再生産するという一面的な影響をもたらすのではないということである。男性美容部員の登場は、各国・各職場が持つ社会文化的な背景や労働環境に応じて、規範の変化と再生産の両方を同時にもたらしうる。また、男性が女性中心の職場に入ることで性別に関する偏見が解消されるとは限らず、場合によっては性的指向や社会的背景など性別以外の要素による新たな偏見や課題が生じる可能性があることも示された。
 今後は、アメリカでの調査対象者数を増やして分析の精度を高めること、日本国内の美容広告分析を深化させることを通じて、ジェンダー規範が維持・再生産される仕組みやその変化の条件をより具体的に明らかにしていく。また、こうした研究成果を美容産業だけでなく、より広い労働市場や他の女性中心職種(看護師や保育士など)の状況とも比較し、職場全般のジェンダー平等促進に資する具体的な提言を行っていきたいと考えている。

2025年5月