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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2023年度

貫戦期の視点に見る日本人元従軍画家たちの戦後:大日本帝国と米国覇権のはざまで

ハイデルベルク大学東アジア美術史研究所 博士課程
中村 公彦

研究の動機、意義、目的
 本研究では、戦前・戦中・戦後にかけて、第一線で活躍した四人の日本人男性洋画家(猪熊弦一郎、岡田謙三、川端実、高井貞二)を事例に、およそ1920年代から60年代にまたがる、「貫戦期」(transwar)日本美術史の構築を試みる。四作家に関する既存の文献や美術館による調査では、戦後のニューヨークで評価を得た抽象表現主義絵画に焦点が当てられることが多かった。一方で、従軍画家として戦争画を制作した彼らの戦時期の活動は、不幸にも戦争協力を強いられた「暗い谷間」として切り離される傾向にあった。従軍画家としての経験は、その後の四作家の芸術にどのような影響を与えたのだろうか?なぜ、そしてどのように彼らは戦争画(つまり反・連合国プロパガンダ)を描きながら、戦後渡米することができたのだろうか?そして、なぜ大きな商業的成功を戦後のニューヨークで収めることができたのだろうか? これらの問いに答えるため、本プロジェクトでは、四作家の軌跡を、彼らが密接に関わった大日本帝国と冷戦期のアメリカ覇権という二つの世界権力との関係に焦点を置いて検討する。
 本研究は、「貫戦期」の観点を導入することで、1945年を絶対的な出発点とする従来の戦後日本美術研究が積極的に沈黙してきたファシズムの過去との関係を明らかにしようとする点で新規性がある。また、元従軍画家たちを熱心に支援した米国占領軍関係者や米国美術コミュニティー側の動機を同時に明らかにしようとする点で、美術研究の範疇を超えて、冷戦期のアメリカ覇権における、先の戦争に関与した日本人文化人との一枚岩ではなかった交流の実情に光を当てることが期待される。

研究成果や研究で得られた知見
 本研究ではまず、個々の作家研究を行なった。特に、高井貞二については、戦時中に子ども向けのプロパガンダ絵本や雑誌の挿絵を数多く手がけた経験が生かされ、敗戦直後にも子ども向け出版物の仕事に恵まれ、経済的にも安定していたため、戦後いち早く日本人として渡米することに成功するなど、戦中・戦後の経験の直接的な繋がりが明らかになった。人的ネットワークにおいても、高井らが戦中に結成した軍需生産美術推進隊は、戦後の行動美術協会の結成へと引き継がれていたことが明らかになった。また、表現の面でも、高井の壁画への関心が、戦中から戦後にかけて継続して見受けられた。これらの知見の一部は、ポーランドのヤギェウォ大学で開催されたEuropean Network for Avant-Garde and Modernism Studies第9回大会で発表した。その後、当学会が出版している論文集に投稿し、現在査読審査中である。
 作家研究に加え、日本人元従軍画家と米国進駐軍の関係についての美術史・冷戦史横断的な研究を試みた。進駐軍が岡田謙三に陸軍教育センターでの個展の機会を二度も与え、1950年の渡米を全面的に支援していたことは、桑原規子の先行研究でも明らかにされているが、国立国会図書館所蔵の『Pacific Stars and Stripes』という進駐軍向けの新聞の文化欄を精査し、進駐軍関係者が岡田以外にも多くの元従軍画家に、展覧会や作品販売などの機会を与えていたことが確認できた。また国会図書館憲政資料室では、GHQ/SCAP Recordsマイクロフィッシュを渉猟し、元従軍画家たちを積極的に支援した米国側の動機を、公文書資料の実証的根拠とともに解明することを試みた。元従軍画家への対応や戦争責任についての具体的な進駐軍内の議論を残した様な、決定的な資料を助成期間内に見つけ出すことはできなかったが、今後も調査を継続していきたい。
 さらには、本助成期間に米国で二度の資料調査を実施した。スタンフォード大学フーヴァー研究所では、ジャパニーズ・ディアスポラについてのワークショップに参加し、川端実の作家研究成果を発表した後、同研究所で本研究に関して資料調査を実施し、ハワイの邦字新聞記事など貴重な資料を見つけることができた。その後、ニューヨークで開催された、美術史分野では最大級の学会CollegeArt Associationにて高井についての研究成果の一部を発表し、ニューヨークの美術館(MoMA, Met,Guggenheim, Whiteney)での調査を行なった。各美術館で、四作家の渡米後初期の個展の案内状やカタログ、雑誌掲載記事の切り抜き、さらには永住権取得のための美術館館長の推薦状の写しなど、貴重な資料を確認することができた。

今後の課題、見通し
 助成期間に資料は収集したものの、分析が進んでいない作家については、現在執筆中の博士論文で詳細に検証する。本研究の研究成果は、博士論文として提出した後に、書籍化することを目標としている。

2025年5月
現職:大阪大学人文学研究科 博士後期課程