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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2023年度

近代化による死因の激変と死生観の再編過程:ボツワナ共和国狩猟採集民ブッシュマンに注目して

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 特任研究員
杉山 由里子

研究の目的
 本研究の目的は、ボツワナ共和国(以下、ボツワナ)政府が実施してきた近代化政策により、大きな社会変容の中にいる狩猟採集民ブッシュマン(Bushman)に焦点をあて、死にゆく過程の激変を介して、死にゆく本人(患者)とその周囲の人間が、死生観を再構築していく過程とそのイメージを解明することである。
 ボツワナに生きるブッシュマンは、少数民であり先住民でもある狩猟採集を営んできた人々である。元来、ブッシュマンにとって生の実感は、狩猟採集活動など自然との応答を介しておこなわれており、死との向き合い方もその一つであった。原野での豊富な経験の中に死があると同時に、彼らは自然の中で死を理解していた。これに対して、現在の彼らの死にゆく過程は、社会的、政治的な影響を受けている。
 国家のマジョリティであるツワナ(Tswana)が主導する政府によって近代化政策が行われてきた。1997年以降、ブッシュマンは従来の生活域を追われ、なじみのない土地(定住地)での新たな生活を強いられた。かつては老衰や狩猟採集時での怪我によるものが主な死因であったが、現在ではAIDSの発症、アルコール中毒、自殺、交通事故が主な死因である。またこうした変化は、かつてはありえないほど多くの若者の死を招いている。
 ブッシュマンの人々は、触れにくい話題を「噂話」や就寝中に「夢」で見たこととして頻繁に語り合う。その内容はもっぱら、かつての豊かな生き方と死に方とを対比した場合の、現在のそれらの違和感ややりきれなさである。そこで、噂や夢の話題としてどのように死を語り合い、また彼らの感情と共に死のイメージをどのように擦り合わせ再構築しているかを分析する。これにより、仲間の死にゆく過程を介して提起される、かつての死に方や現状との応答のなかで人々が繋がり合い、またイメージを共同で修正・更新する様子を分析する。

研究で得られた知見
 彼らが「死んだ人」のことをどのように語るか、聞き取りとその分析を行った。彼らにとって人が亡くなった場合、『悲しい気持ちと一緒に、死んだ人のことを砂に預ける』(筆者聞き取り)のように、亡くなった人のことは忘れるともなく忘れていく、というスタンスが大切である。この「自然と忘れる」という感覚は、かつての遊動生活においては、居住地を移動させることや、みんなで埋葬場所にまた戻ることによって可能であった。また、もうすぐで亡くなりそうな人物が死者の夢を見た場合、「○○が夢を見た」という話が瞬く間に集団に共有された。彼らにとって死者の夢を見ることはとても不吉なことであり、死が近いことを意味した。例えば、歩くことができない古老が、孫娘と死んだ姉が一緒に野イチゴを摘んでいる夢を見た、という話をした場合、この夢の話は居住メンバーに共有され、古老がもうすぐで亡くなるのではないか、という話が噂された。このようにして、人々は、その人がもうすぐ死ぬのだと覚悟したり、死ぬべくして死んでいったのだと納得したり、その死を客観的に捉える術を持っていたと言える。
 一方で、現在は死にゆく過程があまりにもかつてのものと異なること、またそれが外部社会からの影響によるものであること、そしてそれらが、これまで受けてきた弱者としての経験を人々に想起させるものであることが、現在人々の死との向き合い方を困難にしている。例えば、10代の少年Aが心臓病によってみるみるうちに弱っていく姿を見て、人びとは次のように噂する。「Aは、彼の父が夢を見せたことを忘れているのだ」と。Aの父は、かつての生活をとても愛していた。定住地に移住し、他のブッシュマンが政府から家をもらい、定住することを選んでいったが、Aの父は定住地の周辺でかつてのような狩猟採集生活をし続けていた。そのようなAの家族に向けて、定住地に住むブッシュマンの中には、役に立たない人たちだと批判する者もいた。定住地での生活が長くなるにつれ、彼らはこの地の問題を思い知ってきた。この地で人が亡くなる度に、政府から与えられた土地、家、配給、これらの一見良いことのように見えたもの全てに、疑問が投げかけられた。というのも、あまりにも多くの者が、これまでではあり得なかったような亡くなり方をするからだ。Aの父親は、定住地に移住後HIVに感染し、定住地にできた酒場で頻繁にアルコールを購入し、肺炎を発症した後に亡くなった。少年Aが弱っていく姿を見て、「亡くなったAの父が夢を見せたに違いない」と噂し合った人びとは、少年Aが亡くなるのではないかというやり場のない不安だけでなく、忘れるに忘れられないAの父親の死についてのわだかまりを共有しているようであった。

今後の課題
 本プロジェクトでは、死に際して発生する感情の共有のあり方を、噂話や夢の話から分析していった。今後は、自然の中で理解していた死のイメージがどのように変化しまた変化していないのかを明らかにしていきたい。

2025年5月
現職:就実大学人文科学部 講師