成果報告
2023年度
日本古代・中世における流刑の本質および社会的機能に関する研究
- 東海大学大学院文学研究科 博士課程前期
- 重村 つき
研究の動機、意義、目的
これまで、日本古代・中世における流刑の性格については、死刑との流動性や、準生命刑的な側面が強調される傾向にあった。当該期における流刑の本質を論じた利光三津夫氏いわく、流刑は元来、「神事違例」(神怒に触れる行為)を犯した者に対して科される「ハラヘ」(祓)としての意味を持ち、日本においても律令法が継受される以前から固有法的な制裁方法として存在していた。このような固有法的流刑は、罪人を共同体から追放して「島に捨て殺しにする」目的でおこなわれ、凖生命刑的な制裁であったという。他方、7-8世紀ごろに唐から日本に継受された律令法における流刑は、罪人を強制移住させて一定期間の服役を課す自由刑であり、その多くは赦免された。利光氏は、日本古代において、これら2つの流刑が相剋した結果、前者の固有法的流刑が後者の継受法的流刑を強く規制し、固有法的流刑のあり方が中世以降にも引き継がれていったと指摘する(利光三津夫氏「流罪考」、1980年)。このような利光氏の見解に対しては、奈良・平安前期の流刑事例において赦免が相当数確認できることを指摘した上で疑義を呈する動きもあったが(山下紘嗣氏「奈良・平安前期の流罪に関する小考」、2013年)、それ以降は本格的な見直しがおこなわれることなく、今日に至っている。そこで本研究では、利光氏の見解を批判的に継承し、日本古代・中世における流刑の本質および社会的機能を捉え直すための取り組みとして、当該期の流刑が「罪人の生命維持」を主眼としていた点に注目し、これまで捨象される傾向にあった継受法的流刑の系譜を明らかにすることを試みた。なお、日本古代・中世と題しているものの、本研究が対象とした時代は、奈良・平安・鎌倉時代に限定されていることをあらかじめ断っておきたい。
研究で得られた知見
まず、奈良・平安時代の流刑については、法規定と実態の両側面から検討をおこなった。法規定については、律令格式の分析を通して、継受法的流刑が罪人の生命維持を主眼としていたことや、特定の罪を犯した場合を除いて、多くの流人が赦免の対象となり得たことなどを明らかにした。実態については、奈良・平安時代の流刑事例を検討していくなかで、平安中期には、重大な「神事違例」によって流刑に処された者が、1年も経たないうちに赦免・召還されている事例がみられることを確認した。これは、当該期において、固有法的流刑の規制力が弱まり、継受法的流刑のあり方が拡大していたことを示す事例であると考えられる。なぜなら、前述の通り、「神事違例」は、固有法的流刑が適用されうる犯罪行為の最たるものであったからである。ただし、この事件について記した貴族の日記からは、「神事違例」によって流された者を赦免の対象とすべきか否かという点について、相当な議論が重ねられていたことも確認でき、この段階においてはまだ、固有法的流刑と継受法的流刑の運用に関して揺れ動きがあったことも判明した。
次に、鎌倉時代の流刑については、特に鎌倉幕府による流刑の基本形態とされる「囚人預置」制に基づく流刑を中心に検討を進めた。「囚人預置」制に基づく流刑の基本的性格については、すでに複数の研究で明らかにされているため、今回はそれらの研究成果を踏まえつつ、「囚人預置」制に基づく流刑を古代から続く流刑の系譜の中に位置付けることを試みた。「囚人預置」制に基づく流刑は、罪人を諸国の御家人に預け置くかたちで執行され、配所への領送や流人に対する食料支給は御家人の義務となっていたことがこれまでの研究で指摘されている。つまり、罪人の生命維持という点にのみ注目するならば、「囚人預置」制に基づく流刑は、継受法的流刑の系譜に位置付けられると考えられる。この点を踏まえれば、鎌倉幕府成立以降も固有法的流刑が優位な状況にあったとする従来の見解には、再考の余地があると言ってよいだろう。
今後の課題・見通し
現時点で直面している課題としては、鎌倉時代における「囚人預置」制に基づく流刑の社会的機能を明らかにすることが挙げられる。これまで、「囚人預置」制に基づく流刑の成立過程や基本形態に関しては様々な研究がなされてきたが、「囚人預置」制に基づく流刑がいかなる社会的機能を有していたのか、という点については、ほとんど検討されてこなかった。このような現状を踏まえると、鎌倉幕府が「囚人預置」制に基づく流刑に期待した機能を明らかにした上で、当該期における社会秩序維持のあり方を考究することには一定の意味があると考えられるため、これを今後の課題としたい。また、今回の研究を通して、鎌倉時代後期において一部の「囚人預置」制に基づく流刑が機能不全に陥っていたことを示す事例を確認したので、今後は当該期における「囚人預置」制に基づく流刑の展開も併せて検討していきたい。
2025年5月
現職:東海大学文明研究所 特定助手




