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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2023年度

広島・長崎への原爆投下が戦争に関わる世論にもたらす長期的影響

セントルイス・ワシントン大学政治学部 博士課程
菊池 柾慶

 1945年8月に広島・長崎に投下された原子爆弾は、その後の国際政治や平和運動、そして日本社会に深い影響を及ぼした。このような極めて特異な戦時中の体験は、戦後日本における世論の外交政策への態度や戦争観に対して、どのような長期的影響をもたらしているのだろうか。本研究では、独自のサーベイ調査と統計的手法を用いた実証的なアプローチによって、本リサーチクエスチョンの解明を試みた。
 昨今、政治学をはじめとした、実証的なアプローチをとる社会科学全般において、戦争の遺産(レガシー)に関する研究が進展している。しかし、こうした先行研究の多くは、戦争被害の一般的経験に焦点を当てており、原爆のように極端で象徴的な戦争体験がどのように政治意識に組み込まれるのかについての実証分析は限られていた。また、原爆が投下された広島・長崎における平和に関する特異な文化的風土や政治的ナラティブの影響を実証的に検証する研究も、十分に蓄積されていない。
 本研究では、原爆に「間接的に暴露」された人々と、そうでない人々の間で、外交政策態度にどのような差異があるのかを検証した。具体的には、全国規模のサーベイ調査を実施し、特に広島県・長崎県居住者の回答者数を意図的に多く集めるようなサンプリングを行い、(1)被爆者を家族に持つ、(2)広島県または長崎県内の公立小中学校に通った経験がある、(3)現在広島県または長崎県に居住している、といった属性の有無によって「間接的暴露」を定義し、測定した。そのうえで、防衛力強化、核兵器保有、憲法9条改正の是非といった外交政策に関する選好との関連を、回帰分析を用いて評価した。
 分析の結果、広島・長崎のコミュニティに結びつきがある人々、すなわち、広島県・長崎県内の小中学校に通った経験のある人々や、現在も広島県・長崎県に居住している人々は、「核兵器保有」に対して一貫して否定的な態度を有することが明らかになった。これは、原爆に対する強い忌避感情が、当該地域における教育や地域的ナラティブを通じて醸成され、現在に至るまで共有され続けていることを示唆する。他方で、「被爆者を家族に持つ」属性のみでは、一貫した効果が確認できなかった。これは、原爆体験が家族内で語られ継承されたとしても、それが政治的態度に反映されるとは限らないことを意味する。特に、原爆体験に対する語りの頻度や感情的な強度は家庭ごとに大きく異なる上、他の社会的経験によって相殺される可能性がある。興味深いのは、原爆に関する記憶が、家族経由かコミュニティ経由かで、外交態度に与える影響が異なる可能性が示唆された点である。たとえば、「家族に被爆者がいて、かつ現在も広島県・長崎県に住む人々」は、強い核兵器忌避の態度を保持していた。一方で、「家族に被爆者がいるものの、現在は広島県・長崎県外に住む人々」は、日本の防衛力強化に強く反対する(すなわちハト派)ものの、核兵器に対する明確な忌避態度は観察されなかった。このような結果は、原爆の記憶が単なる家族の語り継ぎではなく、地域社会全体で再生産されるナラティブの影響が強く、かつそれが政治的にも構築されてきた可能性を示唆する。実際、広島や長崎における戦後の保守的政治勢力は、反米感情を避けつつ、核兵器に対する否定的態度を地域アイデンティティの中核として強化してきた経緯がある。本研究の結果は、そのようなナラティブがいかに政治的意図と文化的再生産を通じて定着し、住民の外交観や安全保障観に持続的な影響を及ぼしているかを、初めて実証的に示したものである。
 他方で、本研究にはいくつかの課題も残されている。第一に、因果推論に関する制約である。たとえば、広島県または長崎県内の公立学校に通うか否か、あるいは現在その地に住むか否かは無作為に決まるわけではなく、他の社会経済的要因と交絡している可能性がある。今後は、自然実験等の厳密な識別戦略を用いて、真の因果関係を推定する研究が求められる。第二に、原爆の記憶がいかなる心理的・社会的メカニズムを経て政治意識に組み込まれるのか、感情(恐怖・怒り・無力感)やナショナル・アイデンティティとの関連を精査する必要がある。第三に、日本における原爆投下という特殊なケースにとどまらず、国際的な比較研究を通じて、戦争記憶と外交政策態度の関係性を普遍的な理論枠組みで再構築することも、今後の重要な課題である。
 本研究は、原爆という特異な歴史的経験が、地域と世代を越えてどのように再生産され、政治態度に影響を与えうるのかを解明する試みであり、「戦争の記憶と政治」の研究に新たな視座を提供するものである。

2025年5月