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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2023年度

農業生産における適応の異質性とそのメカニズム─ミクロデータによる実証的研究─

日本学術振興会特別研究員PD(受入機関:明治大学研究・知財戦略機構)
岡村 伊織

研究の動機・意義・目的
 2023年の猛暑により米の一等米比率が大幅に低下し、多くの農家が打撃を受けた。こうした猛暑は、気候変動による頻発化が予想されるため、その影響を把握し、適切な適応策を講じることが重要である。しかし、年齢や農家の経営的能力などの制約により、適応策が十分に実施できる農家と、そうでない農家が存在する。これにより、気候変動に対して脆弱な主体と強靭な主体が生まれると考えられる。
 こうした異質性を把握するためには、都道府県や市町村単位の集計データによる分析ではなく、農家レベルのミクロデータを用いた分析が不可欠である。しかし、日本国内において気候変動の影響や適応策の有効性を評価した研究は、集計データを用いた傾向把握にとどまっており、ミクロデータを活用した研究は十分に進んでいない。
 本研究では、日本の稲作を中心に以下の2点を明らかにすることを研究課題とする。
 (1)気候変動の影響が農業生産を行う主体の異質性によってどの程度異なるのかを、ミクロデータや実態調査をもとにした実証分析によって明らかにする
 (2)上記の知見を基に、農家の適応現状や適応の障壁となっている要因や適応を推進しうる要因を明らかにする

研究成果
1.ミクロデータを用いた気候変動影響の把握と直接販売の有効性
 気候変動が稲作に与える影響として懸念されている点の一つが、気温上昇によって米の等級(品質)が低下し、その結果として、農家の庭先販売価格が低下するというものである。従来の研究では、気温などの気象変数と米の等級との関係を分析し、それによって販売価格への影響を推定するアプローチが採用されてきた。しかし、このアプローチは、等級に基づく販売価格がJAの管轄によって異なるという点や、農家レベルの分析が難しいという点が課題であった。
 本研究では、農家の庭先販売価格を直接説明するモデルを構築し、気温上昇が農家の生産性に与える影響と、それが農家の販売経路によってどのように異なるのかを分析した。まず、農家や自治体を対象とした実態調査から、直接販売を行う農家では、高温による品質低下への影響が軽減される可能性が示唆された。この仮説を基に、データ分析を行った結果、気温が上昇すると農家の庭先販売価格が低下する一方で、直接販売を行う農家では、気温上昇による価格低下の影響が軽微であった。以上の知見を複数の学会・研究会で報告し、多数のフィードバックを得た。こうしたフィードバックを踏まえて、使用する個票データの変更などの根本的な変更が必要となった。そのため、現時点では、そのための修正作業を継続している。

2.コシヒカリから高温耐性品種へ:消費者サイドからの適応の可能性
 気温上昇が稲作農家の庭先販売価格に負の影響をもたらす原因の一つに、コシヒカリなどの従来品種の高温耐性の低さがあげられる。今後も気温上昇が予想される中で、農家の収益を維持するためには、新しく開発された高温耐性品種に順次転換することが不可欠である。しかし、調査の過程で、消費者がコシヒカリブランドを根強く支持しているため、高温耐性品種への転換が難しいとの声が農家から多く聞かれた。これにより、需要サイドの要因が適応を妨げている可能性が示唆された。
 そのため、富山県の消費者を対象にウェブアンケートを実施し、米の品種ごとに異なる消費者の支払意思額を測定するとともに、その差異に影響を与える要因を検討した。また、このアンケートでは、回答者をランダムに分割し、一部の回答者には、米の高温障害の実態や高温耐性品種導入の意義に関する情報を提供した。これにより、こうした情報が支払意思額に与える影響を評価するという疑似的な経済実験を実施した。
 主な成果は、以下の通りである。まず、富山県の高温耐性品種である「富富富」よりも従来品種である「コシヒカリ」への支払意思額のほうが大きいことが明らかになった。また、高温耐性品種を導入する意義についての情報を提供した回答者は、「富富富」の支払意思額を増加させることが分かった。この結果は、予備的なものであるが、消費者が従来品種を強く志向していることが、米農家による高温耐性品種の導入を困難にしている可能性を示唆している。また、情報提供に関する結果は、こうした従来品種への志向は、情報提供によって緩和される可能性を示している。

今後の課題・見通し
 今後は、1で実施した、気温上昇が米の庭先販売価格に与える影響についての分析をさらに精緻化したモデルを推定する。具体的には、米の生産費に関するより詳細な情報を含む『米生産費統計』の個票を用いて分析を実施する予定である。また、2で実施したウェブアンケートの結果については、研究会で得られたコメントをもとに投稿するとともに、今後はposデータなどを用いた発展的な研究を実施することを検討している。

2025年5月
現職:愛媛大学社会共創学部 助教