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研究助成

成果報告

若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2023年度

建築空間を事例とする16-17世紀日本と中国の南蛮文化の研究

東京大学大学院工学系研究科 博士後期課程
ダ シルバ ホッシャ ジョアネス

研究の動機、意義、目的
 本研究は、2022年度サントリーフェローシップの継続課題として、ジョアン・ロドリゲス(João Rodrigues)が1622年頃に著した『日本教会史』(História da Igreja no Japão)を中心資料とし、16〜17世紀における日本および中国の喫茶文化と接客空間の変遷についての理解を深めることを目的とするものである。ロドリゲスは安土桃山時代から明時代にかけて日本および中国に滞在し、茶や建築空間に強い関心を持ち、両国の文化的差異と共通点を記録した。従来の研究では、宗教施設や布教戦略に焦点が当てられてきたが、本研究では、一部の宣教師が現地文化を深く理解しようとしていた点に注目し、ロドリゲスの記述を単なる観察記録ではなく、喫茶文化を長期的視点から捉えた初期の比較文化研究として評価する。したがって、『日本教会史』を単なる歴史資料としてではなく、ロドリゲス自身を「歴史家」として位置づけ、彼の空間概念、語彙の選択、解釈の枠組みを、建築史および空間論の視点から読み解くことを目指す。

研究成果や研究で得られた知見
 ロドリゲスは、茶の歴史およびそれに関連する空間の変遷を、四つの段階に分けて捉えている。
 初めは、中国において茶はもともと薬用として利用されていたが、唐時代以降は接待の道具としての役割を持つようになり、宋時代には文人や官僚の間で文化的・儀礼的価値が高まった。茶は単なる飲料を超え、賓客をもてなすための重要な文化装置となった。
 二段階目では、日本が中国の喫茶文化の影響を受け、茶を訪問客への歓待や饗宴の一部として用いるようになった。室町時代には寺院や武家邸宅において、茶の提供が儀礼の一環として制度化された。
 三段階目では、足利義政の時代に象徴されるように、茶の湯がより独立した空間で実践されるようになる。すなわち、住宅の一部を改造または専用化することで、「主客同座」の形式を可能にする「茶の湯座敷」が出現する。この時期には、床の間、障子、畳、そして書院造の要素が空間に取り入れられ、茶の湯は空間設計と儀礼構造の両面において洗練されたものとなっていった。
 そして四段階目では、堺や京都の町人・武士を中心とする数寄者たちによって、数寄および侘数寄という独自の美意識が形成され、それを体現する空間として「数寄屋」が確立された。ここでは、素材の粗さや不完全性をあえて取り入れる「侘び」の思想が顕著に現れ、茶空間はより私的で内省的な性格を帯びるようになった。
 本研究では、サントリー文化財団のフェローシップによる支援を受け、リスボンのアジュダ図書館およびマドリードの王立歴史アカデミーに所蔵されるポルトガル語原文を入手することが出来た。その原文の資料内で、今までの翻訳のなかでは、茶の湯と記述されていたものが、ロドリゲスは「小さい家」(casa pequena)や「小家」(cazinha)と表現を変化させて記述していることがわかった。これは、部屋「salla」や室「camara」といった従来の多目的空間から、茶のために特化された小規模で独立した建築空間への転換を示しており、「茶の湯座敷」の誕生と機能的な自立を象徴するものである。また、彼はこの変化を単なる空間的な分化ではなく、主客関係と儀礼性の深化として捉えていた。主人は「亭主」となり、彼が客の前で自ら茶を点てるという所作は、従来の「もてなし」(agazalhar)を超えて、「特別なもてなしの方法」(modo particular de agazalhar)あるいは「茶の儀式」(cerimonia do chá)と明確に表現されている。
 彼の言葉の選択や空間分類の精密さは、当時の日本文化に対する深い観察と洞察に基づくものである。また、数寄の思想は禅宗の影響を強く受けており、「数寄屋」に見られる自然観や素材感への美的感受性、茶を通じた内省的時間の共有といった側面は、岡倉天心が『The Book of Tea』(1906年)で述べた「Teaism」の思想や、「Tea house」「Tea ceremony」といった英語表現に先行するものであり、すでに四百年前の『日本教会史』において明確に言及されていたことが明らかとなった。すなわち、ロドリゲスの記録は、茶の湯に関する最古級の比較文化的叙述の一つであり、単なる宗教的記録を超えて、近世初期の東アジアにおける空間文化の動態を理解する上で不可欠な史料として位置づけられる。

今後の課題・見通し
 ロドリゲスが記述した「小家」「座敷」「茶の湯座敷」「数寄屋」などの建築空間について、それぞれの社会的機能と儀礼的役割を再検討することが今後の課題である。彼の言葉遣いや空間分類は、中世・近世日本の建築文化の内的論理を示しており、現代の空間論的・言語学的分析にもつながると考える。特に「素朴な家」(casa rústica)、「数寄屋」や「市中の山居」の概念は、喫茶空間の精神性や都市における隠遁的空間の成立過程を読み解く手がかりとなる。今後も『日本教会史』の原文分析を進めるとともに、他の宣教師の記録とも比較し、南蛮文化における接客空間の多様性を総合的に明らかにしていきたい。

 

2025年5月