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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2019年度

医薬品開発促進のための特許制度と薬事制度の役割分担

北海道大学大学院法学研究科 博士後期課程
清水 紀子

研究の目的・動機・意義
 本研究は、特許制度と薬事制度の役割分担を通じて、医薬品開発促進に寄与することを目指し、「特許延長制度」と「再審査制度」との適切な関係を検討することを目的とする。
 膨大な時間と費用を要する医薬品開発を促進するため、日本も含め多くの国が法的手段によって、研究成果を独占し投資費用を回収するための利益独占期間を、先発企業に与えている。その法的手段とは、特許制度の「特許延長制度」と薬事制度の「再審査制度」である。両制度の趣旨と保護対象は異なるが、ある医薬品が双方を享受し、利益独占期間が重複することがある(下図)。この期間は後発品が参入できないため、先発企業を保護し日本が新薬開発国であり続けるために必要なものだが、医療費の高騰などの社会問題を解消するため後発品産業を振興することにはマイナスに作用する。そこで、この期間の長さと保護対象に過不足がないことが望ましく、その実現に向け特許制度と薬事制度の適切な役割分担が求められる。

特許制度と薬事制度の役割分担


 ところが、この分野横断領域を理解するためには、特許制度と薬事制度双方への精通が必要で、広範な知識や経験が求められる。しかも、特許延長出願や訴訟の件数が少なく、論点が定まっていないことや、営業秘密の保護の観点から明らかとされる情報が少ないことにより、その実態を把握することは著しく困難である。そのため、特定分野の特別ルールと見られ、参入障壁が非常に高い。そこで、薬学部出身かつ特許延長制度の審査に携わっていた経験を活かし、特許制度と薬事制度の実態や実務上の問題点を明らかにし、両制度の適切な役割分担を検討するための素材を提供することを動機かつ意義として、本研究に着手した。

研究成果や研究で得られた知見
 上記の事情から、日本では本研究に関する議論の素材が十分ではないため、同様に特許延長制度及び薬事制度を擁し議論が進んでいる欧米での議論を参照することで、日本での特許制度と薬事制度のあり方に関し示唆を得ると同時に、立法を見据えた議論を喚起することにつなげたいと考えた。そこで、欧米の近年の状況を把握することを、研究の第一の目的とした。
 欧米でも、技術や社会の変化を受け、特許延長制度とデータ保護制度(日本の再審査制度に対応する薬事制度)の改革の必要性が主張されている。欧州では2017~2018年にかけ、両制度をめぐり複数のEU委託実証研究が行われた。その一つによれば、先発企業の独占利益期間の確保に、特許延長制度が有意に機能を発揮しているというデータは得られず、むしろ数値の上では、薬事制度(データ保護)の方が影響は大きいという。これら実証研究の結果を受け、特許延長制度による先発企業の保護よりも後発品産業の振興という政策が優先され、2019年に、特許延長制度の保護対象を部分的に縮減し、後発品の参入を促進する改正が行われた。
 一方、米国では、2017年に食品医薬品局(FDA)の公聴会が開催され、成立に至った法案はないが、改正法案が議会に度々提出されている。米国の制度は、特許延長制度の中に薬事制度の紛争解決手段が組み込まれていることを特徴とする。そのため、複雑な仕組みとなり、先発企業と後発企業の双方が自身に有利となるよう制度を駆使した結果、独占禁止法上の問題にまで発展している。生じた問題の解決策の一つに、薬事制度の拡充が提案されている。
 したがって、特許延長制度による先発企業の研究開発へのプラスの影響を無視できないものの、欧米では、特許延長制度の保護対象を狭め、薬事制度への依存度を高めようとする動きがあることを指摘できるといえる。それは、薬事制度は、規制当局が予め期間や保護対象を個別に定める簡明な制度であることから、複雑な特許制度よりも、現在生じている問題の解決に適切であると考えられたためであろう。日本は、特許制度と薬事制度の独立性が高いことや後発品の普及率が相対的に低いことから、欧米に追随する状況にあるとは思われない。しかし、両制度が関わる機会は増えているため、同様に、政策的に特許制度から薬事制度へシフトすべきか、その場合何が起こるかなどの検討を行う際の先行事例として、参照に値する。

今後の課題・見通し
 欧米の現状を概観し日本の状況と比較したことで、特許制度と薬事制度の適切な役割分担を検討する際は、政策を見据え、期間の長さと保護対象でバランスを図る、という新たな視座を得た。今後は、先発企業の保護と後発品産業の振興という相反する政策の両立に向け、日本の現行特許及び薬事制度がその政策と整合的といえるかどうかを詳細に検証していきたい。

 

2021年5月

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