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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2015年度

観測頻度の相異なる時系列データの計量分析

早稲田大学政治経済学術院助教
茂木 快治

本研究の動機と意義
 複数の経済変数の間の相互依存関係を解明し、将来予測の精度を高めることは、世界経済の安定と繁栄に資する重要な課題である。将来の経済情勢に対する確かな見通しが立てられれば、金融危機の回避、効率的な財政金融政策の運営、持続的経済成長などが可能となる。
 時系列データは様々な観測頻度を有する。例えば、失業率と国内総生産(Gross Domestic Product, GDP)の相互関係を解明したいとする。失業率の統計は毎月公表されるのに対して、GDP統計は3か月に一度しか公表されない。従来の分析手法は、すべての変数の観測頻度が統一されていないと実行不可能であった。そのため、月次の失業率のデータについて各四半期の平均値を計算してから分析を行うのが慣例であった。
 このようなデータの集計化は、月次の失業率に関する情報の損失を招き、結果として分析精度を低下させる。月次データは月次のまま、四半期データは四半期のまま、与えられた情報をフル活用し、最大限の分析精度を確保することが望まれる。このようなアプローチはMixed Data Sampling (MIDAS, マイダス)と呼ばれ、2004年頃から盛んに研究が行われている。報告者も、 Testing for Granger Causality with Mixed Frequency Data (with E. Ghysels and J. B. Hill), Journal of Econometrics, vol. 192, May 2016, pp. 207-230 という論文において、MIDASに基づくグランジャー因果性検定(予測力向上可能性検定)を提案した。
 本研究課題の動機は、MIDASの手法をさらに発展させ、それを現実経済に応用することである。これにより、経済予測の精度向上、ひいては世界経済の持続的成長の実現が可能となる。

本研究の具体的な目的
 回帰モデルの妥当性を検証する基本的な方法のひとつとして、残差のホワイトノイズ検定が広く用いられる。回帰モデルが妥当なものであれば、そのモデルで説明しきれなかった残差は、予測不能のランダムな振る舞いをしているはずである。したがって、残差がホワイトノイズとなっているか否かを統計的に確かめることにより、回帰モデルの妥当性を診断できる。
 MIDAS回帰モデルは、標本数に比べてパラメータの数が多くなりやすい。そのため、従来のホワイトノイズ検定の精度は低くなりやすい。したがって、現状ではMIDAS回帰モデルの診断は困難である。本研究の目的は、パラメータ数が多いときでも高精度を保つ新たなホワイトノイズ検定を開発し、MIDAS回帰モデルの診断を可能にすることである(図1)。

 図1:MIDASに基づく回帰モデルの課題(イメージ図)  

図

◇回帰モデルが妥当なものであれば、残差は予測不能のランダムな系列(=ホワイトノイズ)になっているはず
◇残差のホワイトノイズ性を検定することにより、回帰モデルの妥当性を診断できる
◆MIDASの課題:パラメータ数が多いため、残差のホワイトノイズ性の正確な検定が困難(=現状、MIDAS回帰モデルの有効な診断方法はない)
◆本研究の目的:パラメータ数が多い状況下でも高精度を保つホワイトノイズ検定の開発

研究成果と研究で得られた知見
 通常のホワイトノイズ検定は、残差の自己相関係数の二乗和を用いて検定を行う。本研究の独創性は、「二乗和」の代わりに「最大値」を用いて検定を行う点にある。二乗和の検定は、あまり重要でないラグもすべて均等に扱うのに対して、最大値検定は、特に大きな自己相関を有するラグのみに着目する。それゆえ、最大値検定の精度が二乗和の検定の精度を上回ることは、十分に考えられる。実際、大規模な数値実験を繰り返した結果、最大値検定の精度が二乗和の検定よりも高い精度を有することが確認された(図2)。

図2:自己相関係数の最大値に基づくホワイトノイズ検定(イメージ図)

図

 〇残差の自己相関係数の「二乗和」に代えて「最大値」を用いる
 〇数値実験を繰り返した結果、新たな検定が従来の検定よりも高い精度を持つことが判明する

 以上の研究成果は、“A Max-Correlation White Noise Test for Weakly Dependent Time Series”という論文にまとめた。MIDAS回帰モデルの残差に新たな検定を当てはめることにより、従来よりも正確にモデルの診断を行うことができる。これは経済予測の精度向上に資する成果である。  
 

今後の課題・見通し
 研究を進める過程で、パラメータの最大値に基づく検定の応用範囲の広さを認識した。最大値検定は、MIDASのみならず、統計学全般の分析精度を劇的に向上させる可能性がある。
 応用研究の対象として、株式市場の効率性の検証が考えられる。効率的な株式市場では、株価変化率がホワイトノイズに従っているはずである。我々のホワイトノイズ検定を株価変化率に当てはめることにより、世界各国の株式市場の効率性を検証できる。これは学問的に興味深いだけでなく、投資家のリスク管理、企業の経営戦略、中央銀行の金融政策に資する重要な研究課題である。
 すでに実証分析は始まっており、いくつかの興味深い結果が得られている。第一に、日本と中国の株価指数の変化率は、標本期間によらず、ホワイトノイズ(つまり予測不可能)となっている可能性が高い。第二に、米国と英国の株価指数の変化率は、イラク戦争やサブプライム金融危機という動乱期において、非ホワイトノイズ(つまり部分的に予測可能)となる。これらの分析結果は、”Testing for Weak Form Efficiency of Stock Markets”なる論文にまとめ、現在推敲を重ねている。2017年3月、第11回日本統計学会春季集会のポスターセッションにて同論文を発表し、「優秀発表賞」を受賞した。
 今後の課題は、上記2本の論文を英文学術雑誌に掲載することと、最大値検定に関する理論的・実証的考察をより一層深めることである。

 

 ※神戸大学大学院経済学研究科講師

 

2017年4月

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