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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2015年度

福祉レジームの再構築とジェンダー:アジアの多様性とヨーロッパの変容のゆくえ

京都大学大学院教育学研究科 教授
岩井 八郎

グローバルに人口の高齢化が進む中で、福祉レジームの再構築が世界各地で課題となっている。アジア諸地域は現在、急速な少子化と高齢化を経験しており、制度変革が進みつつあるが、高齢期の親のケアが喫緊の課題となっている。また女性の地位向上や権利拡大といったグローバルな文脈の中で、家父長制意識は、旧来の男性優位を象徴するものとして根絶が目指されている。本研究は、アジア諸地域の家族意識と家族関係とに関する大規模な比較調査研究の成果を基に、ジェンダーを軸とした福祉レジームの再構築を目指す。

本研究が用いる調査データは、2006年に実施された「東アジア社会調査(East Asian Social Survey略称EASS 200、日本・韓国・中国・台湾)」ならびに、それと同じ調査項目を用いて2010~12年に実施された「アジア比較家族調査(Comparative Asian Family Survey 略称CAFS、ハノイ、バンコク、クアラルンプール)」である。

本年度に実施した研究では、家父長制意識、世代間援助規範意識、世代間援助の実態と高学歴化の関係について一定の研究成果が得られている。

家父長制意識については、父権尊重意識と性別役割分業意識の2次元を組み合わせて、家父長制意識の4類型を設定し、7地域の付置関係を明らかにした。中国とクアラルンプールは「家父長主義」(父権強、分業強)、台湾と韓国は、「父権型平等」(父権強、分業弱)、バンコクとハノイは「分業型自由」(父権弱、分業強)、日本は「自由・平等主義」(父権弱、分業弱)に分類される。そして、高学歴層の意識に関して、父系制の強い韓国、台湾、中国では、性別分業の平等志向は強いが、父権尊重意識は学歴差がなく強い。一方、ハノイの高学歴女性とタイの高学歴男女では、父権尊重意識が弱く、性別分業も平等意識が強い。

経済的援助規範意識(援助すべきだ)の研究では、子どもの性別(男・女)、配偶関係(未婚・既婚)、親子の血縁関係(実親・義親)を組み合わせた6通りの親子関係を設定した。既婚男性が実親に援助する規範が強く、既婚女性が実親に援助する規範が弱い場合が、父系制の理念型であり、6通りの中で援助規範に差がないのが、双系制の理念型である。分析結果のなかで注目すべきは、父系制の韓国と台湾では世代差があり、高学歴の若い既婚女性において、実親への援助規範が高まっている点である。

バンコク、ハノイ、クアラルンプールに対象を限定して、三世代同居志向と世代間援助(経済、情緒、家事を含む)を比較検討した結果では、成人の子ども世代から親世代への援助は、ハノイ、クアラルンプール、バンコクの順で高い。一方、三世代同居志向は、バンコクが最も高い。3つの地域とも、高学歴層ほど、三世代同居を好まない。ただし親世代と同居していない、ハノイとクアラルンプールの子ども世代では、高学歴層ほど親世代への援助傾向は強い。
ハノイの場合、父権意識は強くないが、家族の連帯性規範は強い。つまり家族関係の規範が強いところ(ハノイ、クアラルンプールに加え、台湾、韓国)では、若い高学歴層(特に女性)は親世代を援助できるし、援助する。この場合、経済的地位の高い、若い高学歴層とそれ以外の実情に配慮した高齢層のケア・システムを検討する必要がある。一方、タイのように双系制では、高齢層のケアに対して実子のみならず他の親族、近隣の知人も関与しやすい。つまり家族とコミュニティの実情に対応した高齢者のケア・システムを構築できる可能性がある。

世界社会学会のパネルセッションでは、上記の研究結果が報告され、議論した。しかし実証研究の結果を理論的に考察し、福祉レジーム論の再構築へと発展させることは、今後の課題である。またヨーロッパの家族変化と福祉レジームの変容についても、研究成果を上げることができなかった。日仏2国間比較研究は、今年度からスタートする予定。

その他、ジェンダー研究会を定期的に開催して、社会学、政治学、経済学、歴史学など異なる専門分野の研究成果の報告と議論を行った。

2016年9月


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