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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2014年度

海洋境界をめぐる国際政治:周辺国の「中国経験」の比較研究

九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授
益尾 知佐子

 近年、東アジアでは海域をめぐり地域秩序が動揺している。東シナ海・南シナ海問題の中心には、「海洋強国」への跳躍をめざす中国の姿がある。「海洋境界」によって切り分けられる領海や排他的経済水域などの領域には、国際法上それぞれ明確な定義がある。しかし中国は、国内メディアでそうした違いを曖昧にしたまま、そして周辺国との「海洋境界」の画定を待たずに、全ての係争海域で自国の主権的権利を誇示し、実効支配を強化する姿勢を見せている。では、中国はすべての海域で同じように行動しているのだろうか。また、中国と海上境界を接する周辺国は、どのような方策で中国に対処しようとしているのだろうか。
 以上のような問題意識に基づき、本研究は海の秩序をめぐる周辺国の「中国経験」、中でも重要性の高い日本とベトナムのそれを比較することで、中国の海洋境界政策の立体的解明を目指した。ベトナムは近年、ASEAN加盟と迅速な経済成長によって影響力を拡大しているが、中国と陸・海の双方で国境を接し、千年以上もその歴代王朝と渡り合ってきた豊富な対中経験を持つ。また2000年には中国とトンキン湾の領海画定交渉を終えており、これは中国が現在までに唯一、海上境界について相手国と合意に達した事例となっている。
 本グループは、2014年8月に国内メンバーによる第1回会合を持ち、12月にはベトナム人メンバーを招聘して第1回国際ワークショップを開催した。2015年3月には一部の国内メンバーがハノイで聞き取り調査を行った。8月には第2回国内会合、および別のベトナム人メンバーを交えた第2回国際ワークショップを開催した。
 これらの研究活動を通して、いくつかの成果が見られた。第一に、第1回国際ワークショップでは、20世紀末の中越間の陸上国境・トンキン湾領海画定交渉の経緯について詳しい情報を得ることができた。交渉の焦点、画定の原則、双方にとっての妥協点、白龍尾(両国が領有を主張したトンキン湾上の小島、交渉によってベトナム領となる)問題などについて、ベトナム側の視点から詳細な説明がなされた。第二に、第1回国際ワークショップ、ハノイでの聞き取り調査、第2回国際ワークショップを通して、中越関係が近年、急速に緊張していった軌跡を解明することができた。これによって、①日中関係に比べ、中国が南シナ海問題ではより直接的に軍事力・経済力による威嚇の姿勢を示していること、②ベトナムの共産党政権は中国共産党との特殊チャネルによる問題解決に期待をかけてきたが、2014年5月のオイルリグ事件では中国とのホットラインがまったく機能せず、新たな対中手段を求める国内議論が加速したこと、③日本と同じく、ベトナムでは対中問題が国内政治の大きな争点になっており、政権の安定に直結する問題へと発展していること、などが示された。また第三に、二度の国際ワークショップにおいて、ASEANにおけるベトナムの対中政策とその限界、および南シナ海行動規範をめぐる現在の交渉状況についても明らかにすることができた。その一部は、Chisako T. Masuo, “Extending Domestic Governance Over the Seas: China’s Reinforcement of the State Oceanic Administration,” Project 2049 Occasional Paper, August 2015、などですでに発表されたが、よりまとまった形にするため、現在、国内メンバーによる編著の出版を計画している。
 今後の課題としては第一に、国際法を用いた中国対応の有効性の是非の検討があるだろう。前述のオイルリグ事件後、ベトナムではフィリピンと同様に国際海洋法裁判所への提訴を求める声が拡大した。現在、南シナ海行動規範をめぐるASEAN交渉も進展中である。そのため本研究は次年度に、フィリピンやASEANの対中政策を中心に検討を続ける。第二に、ベトナム・フィリピンとの比較軸として、日本の対中経験について分析を深めることも必要だろう。そのため今後は、公的資料の公開請求や日本国内の関係者への聞き取り調査も実施予定である。



2015年9月

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