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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2014年度

大正期日中間における知識人交流と国際協調論の形成

吉野作造記念館 副館長
大川 真

 現在の硬直化した日中関係が望ましい状態ではないことは、日中両国によって共通の認識である。関係改善が進まないのは、共有可能な歴史的価値や国際協調の理念の発見が乏しいからであろう。本研究は、大正デモクラシーを牽引し、辛亥革命以降の中国独立運動に強い共感と支援を寄せた人物として知られる吉野作造(1878〜1933)を中心に、20世紀初頭の東アジアにおける国際協調の思想・精神を解明することを目的とした。また、こうした研究テーマを日中共同で進めるための研究者ネットワークの形成をはかった。
 こうした目的から、2014年12月20日に中華人民共和国天津市の南開大学日本研究院において、「近代中日間における知的・文化的共有基盤を再発見する国際シンポジウム」を開催した。研究報告は、郭連友(北京外国語大学)「吉野作造滞在時期前後の天津―天津の街及び日本租界など」、趙暁靚(広東外語外貿大学)「思想家としての吉野作造」、武藤秀太郎(新潟大学)「吉野作造と近代中国」、銭昕怡(中国人民大学)「中国における大正国際協調主義の研究について」、高橋亨(東北大学)「吉野作造の第一革命観―日本東洋史学者との交流を焦点として―」、大川真(吉野作造記念館)「吉野作造と対華21ヶ条要求」、王美平(天津大学)「吉野作造の国民革命観」、小嶋翔(吉野作造記念館)「五・四運動、中国ナショナリズムと吉野作造」、孫道鳳「吉野作造の満蒙対策」(天津理工大学)の9つであり、最後に劉岳兵氏(南開大学)および郭・大川両氏による全体総括が行われた。
 研究報告はいずれも吉野作造の中国論に関する各論であった。吉野の国際関係認識の枠組みに東アジアの伝統思想の影響を認めるもの(趙発表)、中国における日本近代外交史研究の現状と課題を明らかにし、今後の共同研究のあり方について論じたもの(銭発表)など、日中双方の研究者が共有すべき基盤を明らかにした報告、吉野が滞在した中国天津の当時の環境や、YMCAや東洋史研究者との交流に着目することで吉野の中国認識の変化を実証的に跡づけた報告(郭発表、武藤発表、高橋発表)、対華21ヶ条要求(大川発表)、五・四運動(小嶋発表)、満蒙問題(孫発表)など近代日中間の重大案件に関する吉野の認識についての報告、幣原喜重郎・田中義一両内閣の対中国外交との比較から吉野の中国論の具体的な位置づけを行った報告(王発表)といったように、吉野が代表する日中協調論を網羅的かつ具体的に検証することができた。
 全体総括では、①中国側の日本研究では「帝国主義」というシェーマを外せないが、その上でより実証的な協調外交史の解明が必要である点では問題意識を共有できること、②特に幣原外交に代表される1920年代の日本の国際協調論のさらなる解明が必要であること、③今後、中国側は戴季陶など知日派の中国側知識人の研究を進める必要があること、④日本側においては両国知識人の思想交流の足跡を中国側の史料も用いて複眼的に研究する必要があること、等が今後の研究における日中間の共通認識として確認された。


 


2015年8月


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