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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

ヒトの集合知(集団的知性)を支える心理・神経メカニズムの解明

カリフォルニア工科大学人文社会科学部 研究員
鈴木 真介

■研究の背景
 「ヒトを含む生物は集団を形成することで,より良い意思決定ができる」ことが知られている.例えば,魚の群れは,単独の個体に比べ,最適な餌場を効率的に見つけ出せる(Sumpter, 2010).このような現象は「集合知」と呼ばれ,様々な分野で盛んに研究されている.集合知の研究は「生物の社会的知性の起源解明」や「企業等の組織やインターネット上における最適な情報集約システムの設計」などに重要な役割を果たすと考えられている.
 一方,従来の社会神経科学の研究では,「被験者に少数(通常は一人)の対戦相手と経済ゲームなどをプレーさせ,その間の行動や神経活動を記録する」研究が中心であった.つまり,「被験者が多数(三人以上)の他者と同時に相互作用する」ケースは,実験環境上の制約からほとんど研究されてこなかった.集合知のように「多数の人々が陰に陽に相互作用する現象とその神経メカニズム」を研究するためには全く新しい実験環境を開発・構築する必要がある.


■研究の成果
 本研究では,ヒトの集団行動(多数の被験者間の相互作用)とそれを支える意思決定の神経メカニズムを解明するために「新しい脳イメージング実験環境」を開発・構築した.具体的には,カリフォルニア工科大学の磁気共鳴画像装置(MRI)と社会科学実験室をネットワークで繋ぎ,「被験者がMRI装置内で脳活動を計測されつつ,同時に多数の他者と相互作用できる」環境を構築した.さらに,上記の実験環境を用いて,集団行動の一種である「合意的意思決定」の計算論的基盤及び神経メカニズムを探る研究を行った.以下,その研究について詳細を述べる.
 合意的意思決定は,陪審員間の合意形成,アリやハチなどの社会性昆虫や渡り鳥の群れの移動など様々な生物で広く見られる.しかしその重要性に関わらず,神経基盤の研究は手付かずであった.本研究では脳イメージング(fMRI)実験を用いて,「合意的意思決定」の計算論的基盤及び神経メカニズムの解明を目指した.
 具体的には以下のような実験を行い,その間の被験者の行動及び脳活動を計測した.複数の被験者が「二つのアイテム(例:ポテトチップスとチョコレート)の中から一つを選ぶ」という意思決定を行う;全員が同じアイテムを選択すると(合意形成),そのアイテムを貰える;全員の選択が一致しなかった場合は,同じメンバーで同じアイテム間の選択をやり直す;制限時間内に合意形成できなかった場合は何も貰うことができないため,被験者はしばしば「自分の好きな商品を選びつづけるか」,「早期に妥協して確実な合意形成を目指すか」のトレードオフに直面する.
 被験者の選択パターンを詳細に解析した結果,以下のことが明らかになった.被験者は「自分自身の選好(どちらのアイテムがどの程度好きなのか)」と「他の被験者が前回どちらのアイテムを選択したのか(多数派に同調する)」に基づいて意思決定を行う.また,「他の被験者がどの程度頑固なのか」について機械学習の一種である「ベイズ推定」を用いて学習し,その情報を意思決定に利用する.
 次に,fMRI(脳イメージング)データの解析により,上記の情報はそれぞれ別の脳領域で処理されていることが分かった.「自分自身の選好」に関する情報は前頭前野腹内側部(図1A)に保持されており,「他の被験者の前回の行動」についての情報は側頭•頭頂連結部(図1B)に,「他の被験者がどの程度頑固なのか」に関する情報は後部頭頂葉(図1C)に保持されている.また,上記三種類の情報は背側前帯状皮質(図1D)で統合される.
 これらの結果は「従来の社会神経科学では扱われていなかった“三人以上の集団内における意思決定の計算論的基盤と神経メカニズム”を世界で初めて明らかにした」として高い評価を受けており,以下の学術誌へ掲載された.
Shinsuke Suzuki, Ryo Adachi, Simon Dunne, Peter Bossaerts, John P. O’Doherty, “Neural mechanisms underlying human consensus decision-making”, Neuron, Vol. 86, pages 591-602 (2015).


2015年5月

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