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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

「世界文学全集」の比較対照研究

ハーヴァード大学 客員研究員
秋草 俊一郎

研究の動機
日本では、最近「世界文学」ということばを耳にする機会が増えた。河出書房新社の池澤夏樹個人編集の『世界文学全集』が話題を呼んだのも記憶に新しく、さまざまな「世界文学」を冠した記事や書籍を目にする。だれもがなんの気なしに使っている言葉─「世界文学」の「世界」とはいったいなんなのだろうか?という疑問が本研究の出発点である。


研究の方法
「世界文学」というと、権威がさだめる一定のテクストがあるような錯覚を生むが、その内容は時代とともに推移していった。それがよくあらわれているのが『世界文学全集』だ。本研究は日本やアメリカの『世界文学全集』を実際に数多くひもとき、実際にどの国にどれだけページがわりあてられているかカウントすることで、「世界文学」の本質に迫ろうとするほかに類をみない試みである。20世紀初頭から現在までの全集の構成や収録作の変化をたどることで、「世界文学」の「世界」像の推移をたどる。


研究成果
日本の初の「世界文学全集」である円本版『世界文学全集』は、木村毅によれば、Harvard Classicsというアメリカの叢書のコンセプトをそのまま輸入したものだったという。たしかにこのアメリカの「世界文学全集」の祖は、読書する大衆の拡大・高等教育への憧れ、教養を身に着けて立身出世したいという後年の日本を先取りした願望を背景に成立したものだった(1909-)。その後、アメリカでは「世界文学」が大学教育に組み込まれ、学部生向けのテクストとしてかたちをかえて、『世界文学アンソロジー』として存続するに至った。21世紀におけるアメリカでの世界文学アンソロジー三種を調査してみると、全体を100パーセントとした場合の、日本文学に割り当てられたページ数は、5パーセントから7パーセントほどになる。ただし、5から7パーセントという日本文学のシェアの内訳を調べてみると、やはり中世以前にページ数は多く割かれていて、源氏物語をはじめとする古典の存在感が強い。反面、近現代でもっとも選ばれている作家は樋口一葉だという意外な結果が出た。このような結果になったのは、いくつか理由が考えられるが、日本での世界的な作家のイメージと、海外でのそれは異なるという好例だろう。現在、日本では「世界文学としての日本文学」について語られることが多いが、実のある議論は少ない。アメリカの世界文学アンソロジーを調べれば、自分たちの文学が「世界」─もちろんアメリカの大学教育という限定的な世界だが─のなかでどれだけの存在感を占めているのか、ひとつの指標になるのではないか。翻って日本の世界文学全集はどうだろうか。最初の円本版『世界文学全集』では、日本における「世界文学カノン」のようなものがまだ固まっていなかったため、北欧文学が7パーセントを占めるなど、ヨーロッパの小国の文学も多く採られていた。しかし、時代が下るにつれ、大学における学科制においてメジャーになった英仏独露の文学が「世界文学全集」を席巻するようになる。1940年に発行された戦前最後の河出書房の「世界文学全集」では、ドイツが20パーセントにせまっている。しかしこのときをピークにして、ドイツ文学はシェアを他の出版社もふくめ急減させていくことになる。他方、世界文学全集の華ともいえるフランス文学のシェアは1950年代前後に絶頂期をむかえ、新潮社の『現代世界文学全集』(1952年)『新版世界文学全集』(1957年)では47パーセントを占めるにいたった。もっとも普及した世界文学全集のひとつ、河出書房の通称「グリーン版」『世界文学全集』(1959-1966)で、世界文学全集は20世紀にウェイトを移し、それに合わせてアメリカ文学とロシア文学が対応するようにシェアを伸ばし、冷戦の対立が文学全集にももちこまれていることがわかる。その後、アメリカ文学はシェアを伸ばしていくが、反面1970年代以降には文学全集自体が衰退していった。


今後の展望
21世紀、われわれの世界は大きく変わりつつある。作家の池澤夏樹の個人編集である最新の『世界文学全集』では、女性作家の作品を多く再録し、旧植民地の文学や、バイリンガル作家、日本人作家を採録するなどの趣向がとりいれられた。このような変化のただなかにいるなかで、今後共同研究などをつうじてさらに多くの国の「世界文学全集」をひもといて、そこに映し出された「世界」像の変遷を調査する意義はけして少なくないものと思われる。


2015年5月

サントリー文化財団