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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2012年度

被災地における希望の再生とパブリック・セクター
― 岩手県釜石市を対象に

東京大学社会科学研究所教授
宇野 重規

 本研究の目的は、東日本大震災で被災した岩手県釜石市を対象として、地域における希望の再生について、総合的な地域調査を行うことにある。我々は2006年から2008年にかけて、社会科学諸分野の研究者が参加した「希望学・釜石調査」を釜石市で実施し、地域における希望のあり方を多面的に検討してきたが、一昨年の震災後は、市役所を中心に、消防署、自治会、地元企業など広く関係者からの聞き取り調査を行った。結果として、釜井市役所関係者(23名)、岩手県庁関係者(2名)、政治家・報道機関(4名)、企業・水産業関係者(9名)、教育関係者(4名)、市民団体関係者(11名)への聞き取りを実現し(合計53名)、その結果を『震災の記憶オーラルヒストリー』(非公刊)としてまとめた。


これまでに得られた知見

 災害からの復興の各フェーズにおいて、どのような個人や集団がいかなる役割をはたしたのか、関係者への聞き取りから少しずつわかってきた。
 震災直後の救援活動においては、特定の個人や集団の活躍が目立った。とくに釜石市の場合、OBを含む新日鉄関係者組織の対応は迅速であり、震災前からのネットワーク形成の重要性が明らかになった。また、自治会を中核とする防災組織についても、小学校を中核にきわめて有効に対応した地区があり、地域関係者と学校関係者の日頃からの連携の意義が確認された。
 震災対応に関して非難されがちな行政関係者であるが、自らやその家族が被災した状況において、その任務をよく果たしたことも明らかになった。マニュアルのない状況での柔軟な対応にやや課題を残したものの、被災地時における基礎自治体の役割の大きさをよく示したと言える。
 他方、震災直後の対応が一段落してから、各地区で復興に向けて将来の町づくりを含め議論が行われているものの、各地区で合意が形成できたかどうか、またそれが行政による復興計画にどれだけ反映されたかについては、地区による違いが大きい。他の部門では、概して企業関係者の動きは早かったが、人材のミスマッチに苦しむ事例も見られる。市議会を含む政治関係についても課題が残ることもわかった。


今後の課題

 『震災の記憶オーラルヒストリー』については、きわめて有益な情報が多く、今後の災害対応に役立てるためにも、その内容を社会に還元する必要がある。ただし、その内容はプライバシーに属することも多く、現在の段階では、釜石市役所防災課に対して情報を提供することだけが決まっている。今後は、このオーラルヒストリー記録を元に、調査に参加している政治学・経済学・社会学・歴史学者がそれぞれの視点から研究論文を執筆し、震災からの地域復興について必要な知見を社会的に発信していきたい。その際には、調査に協力していただいた釜石市役所をはじめとする関係者にも参加していただくことを計画している。


2013年9月

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