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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2012年度

照葉樹林文化要素としての癒し植物に関わる文化多様性をめぐる研究

東京農業大学農学部 教授
山口 裕文

 照葉樹林文化研究会の研究グループは、前年度に引き続いて個別のフィールド調査と文献研究に基づいて照葉樹林文化論のなかでこれまで十分に議論されてこなかった癒し植物と人間生活との関わりについて討議した。東京と大阪で3回の研究集会を開催し、4課題の招待講演を含む18課題について討論した。
 招待講演では、江戸時代に華開いた古典園芸植物、西洋のアロマテラピーと東洋の薫香に用いられる香源植物、平素は嫌われるが救荒となる雑草、中国雲南省少数民族の祭祀に使う照葉樹に関する植物文化多様性に焦点をあてた。
 グループの研究成果では、幾つかの知見が得られた。
 照葉樹林帯で食用や観賞、祭祀、ナルコティクスに広汎に使われる癒し植物は、昆虫や小動物による食害や喫食を避けるため大量の2次代謝産物を含有している常緑樹や多年生草本であるため、食用への毒抜き技術と品種改良による対応が文化的知識を醸成するとともに、多様な生活空間において観る、囓る、供える、嗅ぐなどによって香や茶の愉しみ、園芸パフォーマンスなどの民族文化を形成している。
 照葉樹林帯の植物文化は、地域内で発達するだけでなく、周辺地域の文化要素を取り込み複合化して人間性や倫理の形成にもかかわっている。インドネシア・バリ島の住民は、宗教の拡散を伴うグローバル化とともに旧世界温帯や新大陸原産の植物を取り入れ民家などの庭園に豊富な観賞植物を維持しつつ、虫食い葉のココヤシのつくる景観のなかで癒される生活を送っている。ここの庭園植物の構成と活用方法をみると、中尾佐助のいう照葉樹林農耕文化に関わって発展した東洋の花文化センターの植物が栄養繁殖で維持管理される根栽農耕文化に関わって発展したオーストロネシア花文化センターの植物と複合化して存在している。
 日本では、伝統的生活の営まれている紀伊半島南部の民家や西九州のカトリック教会群の庭園でサカキ、ヒサカキ、ソテツなどの照葉樹林原産植物が外来の植物とともに儀礼や祭祀へ活用されている。
 雲南やタイ北部の少数民族では地域原産の植物と民族移動を伴う温帯性タケ(中国東部の照葉樹林原産)を鬼の目や笙として悪霊の払いや葬送などの精神文化に関わる行為に活用している。
 このような生活や精神文化への植物の活用は、植物の地域間移動を伴い、野生化や地域固有の植物への遺伝的侵略という二次的な自然への影響も生んでいる。
 研究グループは、日本だけでなく、照葉樹林文化帯の中核地とみなされている中国南部と周辺の東南アジア地域を研究対象として植物文化多様性について自然科学、農学(技術科学)、民族社会学、倫理・宗教学を複合化した視座から研究を深化させており、本助成研究における成果の一部は山口裕文(編)『栽培植物の自然史Ⅱ:東アジア原産有用植物と照葉樹林帯の民族文化』(北海道大学出版会、2013年10月刊)で公表するとともに、主要部は山口裕文・大形徹・金子務(編)『照葉樹林文化論の現代的展開Ⅱ』として公刊予定である。

2013年9月

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