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研究助成

成果報告

2010年度

希望学・福井調査:地域経済・社会における希望の位相に関する総合的研究

東京大学社会科学研究所教授
中村 尚史

 希望学・福井調査の目的は、福井県地域を対象として、希望の社会的位相に関する総合的な地域調査を行うことにある。このうち今回の研究助成に応募したのは、福井県の中核的な地域産業を分析する繊維産業班と、地域経済・社会の担い手を分析する地域企業班、社会文化班であり、いずれも1年間で一定の成果を挙げることができた。
 まず繊維産業班では、伝統的な歴史分析の方法である史料調査と、新たな方法であるオーラル・ヒストリーを組み合わせて、福井県繊維産業の中核企業であり、地域経済の「希望の星」であるセーレン株式会社の調査・研究を行った。精練・染色の下請企業から総合繊維メーカーへと飛躍し、カネボウの国内工場を買収するなど、急速な拡大を続けるセーレンの軌跡を、史料と当事者へのオーラル・ヒストリーによって多面的に考察することは、福井県の地域経済のみならず、日本の繊維産業全体にとっても、重要なケース・スタディとなった。具体的には、セーレンの未公開社内史料の調査・研究と、川田達男社長への6回にわたるオーラル・ヒストリー、技術開発、人事等の担当者へのヒアリングといった様々な調査を並行して実施し、その企業発展のメカニズムを明らかにした。その過程で、「夢(=希望)の共有」が企業革新の原動力になるメカニズムを発見し、2011年7月23日に福井市で開催された公開シンポジウム(ふくいの希望を考えるフォーラム)において、「希望の共有をめざして―セーレン㈱における経営革新への道」というタイトルの成果報告を行った。
 次に、地域企業班では、有名な眼鏡産地である福井県鯖江市を事例として、企業、企業間組織、行政の活動を詳細に調べ、構造転換を迫られる地域産業・企業における課題を析出した。現在、眼鏡産地としての鯖江は縮みつつある。その最大の原因は中国の台頭である。日本企業の中国進出と中国企業の成長がその背景にある。しかし、それだけではなく、鯖江の中でひそかに進行している重大な変化が縮小に大きく関係しているのではないかと、我々は考えている。眼鏡産地としての鯖江は、機械設備、生産方法、素材、製品、マーケット等の面で次々と新しいアイデアを生み出し、実現してきた。それが鯖江の成長の源であった。もちろん、新しいアイデアを実際に考え出し、形にしたのは産地ではなく、個々の企業の経営者、技術者たちである。鯖江の強みは個から生まれたアイデアが産地全体に自然と行き渡ったことであった(集積のメリット)。しかし調査の結果、この強みが近年、失われつつあることが判明した。新しいアイデアは今なお湧き出ている。だが、それは個別企業にとどまり産地全体にはなかなか行き渡らない状況にある。地域企業班ではこうした産地の現状とそれに対する対応策について、前述した公開シンポジウム(ふくいの希望を考えるフォーラム)で、「メガネとイノベーション-産地から企業へ」という報告を行った。
 一方、社会文化班では、ローカル・アイデンティティの継起的創造が地域社会・経済に与える影響を、文学・文化活動、伝統芸能などの社会的活動を対象に、参与観察を含むインタビュー調査によって検討した。具体的には、福井県今立郡池田町の水海の田楽能舞や、大飯郡おおい町の若州一滴文庫などに関する資料収集及び整理と、関係者へのインタビュー調査を実施した。社会文化班では、その成果の一部を2011年2月11日に実施した公開シンポジウム(希望学福井調査ワークショップ―嶺南地域の希望を考えるつどい―)において報告した。

<研究成果>
・公開シンポジウム
1.「希望学福井調査ワークショップ―嶺南地域の希望を考えるつどい―」
日時:2011年2月11日 15:00〜18:30
会場:プレーパーク大飯悠久館 (福井県大飯郡おおい町成和2-1-1)

2.「ふくいの希望を考えるフォーラム―希望学・福井調査中間報告会―」
日時:2011年7月23日 10:30〜16:30
会場:福井県国際交流会館 多目的ホール(福井市宝永3-1-1)

・ディスカッション・ペーパー
中村尚史・青木宏之・中島裕喜編『川田達男オーラル・ヒストリー』
(2011年4月、東京大学社会科学研究所Discussion Paper J-196)、総頁数173頁。

(2011年9月)

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