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研究助成

成果報告

2009年度

委任の連鎖の制度論:国際比較と政策分析

シラキュース大学公共政策大学院准教授
マルガリータ・エステベス・アベ

 民主主義体制では、有権者の意思が選挙、立法、執行を通じて、いかに適切に反映されているのかが重要である。我々は、1990年代中盤に選挙制度改革を行った日本、イタリア、ニュージーランドの国際比較を行った。日本とイタリアはもともとの選挙制度が似ており、さらに同じ時期に同様の制度改正(比例・小選挙区並立制導入)を行った。一方、ニュージーランドは、日本やイタリアとは逆方向の制度変化(小選挙区から比例との並立制への移行)を経た。
 日本とイタリアでは、あまりに政策決定のプロセスが、最終的な委任権者である有権者にとって不透明であることが問題になり制度改正に至った。このために小選挙区を導入し、政権党への有権者のコントロールを高める制度改正が行われた。しかし、ニュージーランドにおいては、ちょうど日本とイタリアとは異なる問題意識のもとに制度改正が行われた。面白いことに有権者のコントロールが高いと思われる小選挙区をもともと採択していたニュージーランドでは、過半数の得票数がなくとも過半数の獲得議席数を生み出す小選挙区制への不満が増大していた。この結果、比例制を導入し、国民の意思をより広く代表する連合政権を志向したのである。
 3カ国における経過を調べてみると、政党制、議員対政党、そして内閣との関係は理論的に想定される方向に確実に変化している。ニュージーランドでは連立政権が誕生することで、官僚側もそれに対応し、各党との事前の調整をするようになった。これは、小選挙区下とは異なる政官関係の誕生を意味する。日本とイタリアでは大きく議席数が振れることで政権交代が可能になった。両国とも新しい制度状況のもとで、二つの政党あるいは政党グループに議席数が収斂するようになり、政党執行部での政策決定への実質的権限の集中がみられた。イタリアでは、以前は議会内の委員会に立法権が委任されており、法案の80%は委員会の可決をもって立法されていたが、委員会への委任は減少している。つまり、立法上の内閣の意味合いが増してきている。これは日本の状況とパラレルであると言える。
 日本は他国と異なり、官僚組織への裁量性の高い委任が行われてきた。このため、他国ではあまり問題にされていない政官関係の組み換えが日本では大きな課題として浮上した。具体的には小選挙区制の導入で、政治家に対する有権者のコントロールが強まるなか、政党側から官僚の裁量性を低めようとする動きが出てきた。これは日本における委任の連鎖の変化において重要な事例であり、我々の研究でも特に焦点をあてた。
 警察パトロール型のモニタリングで言うところの行政府に対するモニタリングとは、法律をより詳細にし、行政府における裁量の余地を小さくするということで達成される。立法府の意思を受けて行政活動をモニタリングする担保する方策として、1999年には副大臣、政務官が導入された。最近では鳩山政権で事務次官会議が廃止されるという、直接的に行政府をコントロールするという方策が導入されてきた。それと並行して、橋本政権以降、委任の連鎖の改正との関連で、公務員改革も政治的なアジェンダにあがってきた。しかし、2008年に公務員制度改革基本法が成立したものの、逆説的であるが警察パトロール型のモニタリングシステム等の整備がまだ完成しないうちに政権交代が起こったために、政官関係のバランスが崩れ、行政府の裁量の余地が増加している。すなわち、元々行政府が持つ専門知識や交渉力が強い分野では族議員の力の減衰、政権交代により、結果的に立法府から行政府への委任が大きくなる可能性がある。
 これは必ずしも我々の制度改革が連鎖するという考え方が間違っているわけではなく、過度期の問題であるといえる。しかし、日本の政官関係の組み直しの停滞、そして、2005年に小選挙区制を後退させたイタリアの事例などは、いかに制度改革の連鎖が自動的に直線的に起こるものでなく、改革の各段階が非常に政治的な混乱、あるいは逆行を含むものであるかと示唆している。
2010年9月
(敬称略)

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