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研究助成

成果報告

2008年度

生物遺伝資源へのアクセスと衡平な利益配分に向けた検討
― 生物多様性条約をめぐって

政策研究大学院大学准教授
隅藏 康一

(背景・進捗)
 生物多様性条約(CBD)は、1993年に発効し、現在193カ国・地域(ECを含む)が加盟している。生物多様性条約第二条には、生物資源(biological resources)が「現に利用され若しくは将来利用されることがある又は人類にとって現実の若しくは潜在的な価値を有する遺伝資源、生物又はその部分、個体群その他生態系の生物的な構成要素を含む」と、また遺伝資源(genetic resources)が「現実の又は潜在的な価値を有する遺伝素材をいう」と定義されている。
 CBDの主な論点の一つに、アクセスとベネフィットシェアリング(ABS)があり、2010年10月に名古屋で開催されるCOP10(2年に1回開催される締約国会議の10回目)においては、これに関する国際的レジームについての合意がなされることが予定されている。
 ABSをめぐっては、南北対立がある。北側は、「アクセスなくして利用なし」として、機能不明だった生物資源の活用方法が企業によってはじめて明らかにされることもある、と主張する。これに対し、資源国は南側の開発途上国であるケースがほとんどであり、彼らは「バイオパイラシー」というキーワードを用いて、資源国の遺伝資源が搾取されリターンがない、と主張する。
 本研究は、食品、種苗、医薬、化粧品、の各分野の代表的な企業から、ABSの問題に造詣の深い方々に委員就任をお願いして定期的に会議を行い、問題点を抽出するとともに、解決策を探るものであり、4回の研究会を開催した。また、助成期間後ではあるが、本研究で得られた知見や人的ネットワークを活用して、2010年2月6日(土)にシンポジウム「生物遺伝資源へのアクセスとベネフィット・シェアリング」を開催し、COP10につながる議論を行うことを予定している。

(研究で得られた知見)
 本研究で、これまでのABSの議論では詳細に検討されていなかった、産業セクター別の現状が明らかになった。一口にABSといっても、業界ごとに、資源アクセスの時間的継続性や取引形態等々様々な面で大きな差異がある。医薬品業界においては、「生物遺伝資源から新しい骨格の化合物を見出す探索研究」が行われている。医薬品として成功すれば大きな収益になるが、極めて低い成功確率に加えて、長い研究期間と莫大な費用が発生する。生物遺伝資源へのアクセスの形態は、(1)現地研究機関と共同研究として実施するケース、(2)資源国の大学や資源供給会社等との共同研究ではあるが事実上資源国側は資源供給のみのケース、(3)単純な生物遺伝資源の売買契約のケースなど様々である。種苗・花卉業界においては、海外の研究機関・植物園等と共同でin-situから素材を収集する活動が行われている。UPOV条約による育成者権は認められているが、育成者権の権利は弱い。そのため、新品種の独占権を市場で長く確保することができない。化粧品業界においては、製品の素材として生物遺伝資源を用いる場合が多い。基本となる香料、油脂類の多くは農作物あるいは栽培植物から供給、加工されている。もちろん、いずれの場合にも売買契約に基づいている。食品業界においては、他の産業セクターと比較してその輸入量は膨大になり、かつ継続的な輸入が必要となる。そのようなことを製品の製造会社が行えることは少なく、多くは仲介素材業者、食品商社などが行っている。また、大学・公的研究機関においては、大学等の研究機関と国際共同研究を行ったものの、その利益配分は明確になっておらず、更に資源国の共同研究者が留学し研究成果を挙げた場合の取り決めがない、という問題がある。加えて、Material Transfer Agreement (MTA)を取り交わす習慣が少ないという問題もある。
 産業界の考え方としては、けっして「バイオパイラシー」を望んでいるわけではなく、明確なルール(適正な利益配分のためのルートや方法)があったほうが、遺伝資源を利用する企業としてもメリットがあるとの考え方で一致している。現在は、資源国も納得する合理的なルールが不在であるため、産業界が積極的な取り組みを控える事態になっている。ABSの議論においては企業側と資源国側の対立構造が強調されることが多いが、今後は「生物遺伝資源の利用によって、新しい価値が生まれ、利益配分によって資源国が豊かになれば環境の保護が図れる。このような好循環をもたらす努力を今後も継続して実行していく。」ということを基本原則として、仕組みづくりを進めてゆくべきである。

(今後の課題)
 今後は、各国の政府あるいは公的研究機関等が主導して、個別契約によりABSを実施している成功モデルを選定してケース・スタディを蓄積するとともに、資源国のキャパシティ・ビルディングの方法を検討する必要がある。
 さらなる具体的な課題としては、各産業分野別の標準化されたMTAを検討すること、ならびに既存の指針であるボン・ガイドラインの矛盾(ある国からの素材を使って特許を取得した場合、同じ植物が分布している近隣国がその利益配分を受けられないこと)の解消策を提案することが必要である。また、遺伝資源を用いた特許出願において出所表示を義務付けるインドや中国のような規定を国際標準とするかどうかについても、このルールの有効性と弊害を見据えた議論が必要である。現行の取引は、微生物菌株、抽出エキス、遺伝資源由来の化合物など、様々な形態で行われており、これらの「ラベリング」についてのルール化も可能かどうか含めて検討の必要がある。さらに、純粋な基礎研究のためのルールをどのように構築するか、産業界の抜け道に使われないようにするにはどうしたらよいか、という検討課題も残されている。

2010年1月
(敬称略)

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