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研究助成

成果報告

2008年度

新たな食文化の創造を促進する食文化組織・産業と食の専門職のあり方に関する経営学的研究

大阪市立大学大学院経営学研究科准教授
川村 尚也

 本研究は、近代以降のわが国の「食文化組織・産業」(飲食業、食材生産・加工・流通業、調理器具生産・流通業など)と「食の専門職」(調理師、栄養士、食材生産・加工・流通業者など)の変遷と現状を分析し、新たな食文化の創造を促進する食文化組織・産業、及びその担い手となる「食の専門職」とその育成のあり方を探求する事を目的としている。2008-2009年の研究助成期間には、知識経営論、文化-歴史的活動理論、新制度派組織論、カルチュラル・スタディーズ、専門職・専門職組織研究等の視点から図1の分析枠組みを構築し、近代以降のわが国の食文化組織・産業と食の専門職の変遷と現状について、文献・史資料・インタビュー調査等によって得られたデータを分析した結果、以下のような知見が得られた。

 

図1 食文化セクターの「活動システム」の内部矛盾とその解消(「拡張的学習」)

 

 日本の食文化は、高度経済成長に伴う食文化組織・産業と食の専門職のあり方の変化によって、1960-70年代に大きく変化した。それまでの「米飯・味噌汁・野菜の煮物・漬物」に、畜肉・乳製品・油脂を用いた副食(おかず)が多く加わり、その分、主食である米の消費が大幅に減少した。この時期の食文化変容に影響を与えた供給要因として、供給される食材の量と種類の増加、冷蔵庫・ガスレンジ・換気扇など近代的調理設備・器具と栄養・調理教育の普及、また需要要因として、可処分所得と都市人口の増大、核家族化、豊かな西洋・中華料理への憧れ、給食で畜肉・乳製品に慣れた子供達、減少しながらも底堅い米飯嗜好などをあげることができる。
 とりわけ1960-70年代には、それまでの家庭料理に使われていた多くの野菜(ほうれん草、白菜、長葱、大根、茄子、牛蒡)は、洋野菜(キャベツ、馬鈴薯、人参、玉葱、レタス、トマト、ピーマン)に比べて価格上昇が著しく(割高感があり)、供給に季節性があり、家庭での保存・調理も不便だった。子供の教育やパートなどのため、より忙しく、価格にも厳しくなった主婦たちは、家族の嗜好と野菜の供給条件とを媒介する「文化媒介者」(cultural intermediaries)として、新たな国民的食文化の「創造」の一端を担った。彼女たちは、値上がりが緩やかで常時入手でき、使い勝手のよい洋野菜を購入し、入手しやすくなった畜肉と便利な加工食品・調味料等を利用して、米飯にあう「栄養価が高く経済的で高級感のある」おかずとして、フライ、ハンバーグ、カレー、唐揚げ、フレッシュサラダなど、新たな「洋風化された」国民的家庭料理を創造した。姑不在の核家族では、野菜の煮物などそれまでの家庭料理は、手間・技術とコストがかかるため、敬遠されるようになった。
 こうした新たな「国民食」の普及と増大する外食需要に応えるため、職業調理人の役割も、「洗練された固定的調理実践」から、「新たな料理と調理実践の創造と普及」へと変化した。彼らは、調理師学校等の公式教育で獲得した科学的知識(形式知)と既存の調理実践(暗黙知)を組み合わせて、新たな料理と調理実践を継続的に開発するとともに、テレビ・新聞・雑誌等のマスメディアを通じて、家庭向け料理と調理実践の教育を行うようになった。
 以上の研究成果の一部は、2009年6‐7月に開催された下記の国際学会で報告論文として公表された。今後はこれらの知見を踏まえて、これからの日本で新たな食文化の創造を促進する食文化組織・産業、及びその担い手となる食の専門職とその育成のあり方について、引き続き研究を進めていきたい。
 
Takaya Kawamura, Chisako Takashima, Yusuke Inoue, Tamaki Bitoh, and Yujin Yamada "The Role of Vegetables in the Creation of National Dietary Culture - An Activity Theoretical Analysis of the Transformation of Japanese Home Cooking in the 1960s and 1970s -," Paper presented at the 25th EGOS Colloquium at ESADE Business School, Barcelona, Spain in July 2-4, 2009.
Takaya Kawamura, Chisako Takashima, and Yusuke Inoue "Work and Organization of Cultural Profession and Cultural Change: An Activity Theoretical Analysis of Japanese Professional Culinary Work and Organizations in the 1960s and 1970s," Paper presented at the 10th International Conference of AIMAC at Dallas, Texas in June 28 - July 1, 2009.
 
2009年8月
(敬称略)

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