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研究助成

成果報告

2007年度

現代社会におけるパブリックアート

NPO法人recip[地域文化に関する情報とプロジェクト] 理事
吉澤 弥生

 文化政策の整備や多彩な企業支援の展開を背景に、現在、文化芸術の「公共性」に注目が集まっている。今や全国で2000を超えるアートNPO(2007年9月NPO法人[アートNPOリンク]調べ)も、行政や企業との協働を通して多彩な市民参加型のプロジェクトを行なっている。本研究は、こうして社会性、公共性を強めることとなった現代の芸術を、「パブリックアート」という観点から探究し、これからのパブリックアートのあり方を政策、理論、実践の面から提示することをねらいとして実施された。
 これまでの日本の「パブリックアート」は駅前や道路に置かれた彫刻作品、言い換えれば制度化された芸術設置事業を意味するにとどまり、なぜその公共の場に芸術が存在するのか、またなぜその作品なのかという根本的な問題がなおざりにされてきた。しかしさまざまな立場の主体が協働して実施されている多彩な芸術創造の現場-たとえば、ファーレ立川(1994)、越後妻有アートトリエンナーレ(2000、2003、2006)、「ブレーカープロジェクト」(2003〜)など-では、その場所に芸術が存在する意味や、その作品の価値について、アーティスト・行政・企業・市民が積極的に議論し、協働することによって作品やプロジェクトを実現させている。制作過程から、あるいはその後の維持管理がある場合はそれまで、多様な人々がそれぞれの仕方でかかわっている。また調査に赴いた欧州にも興味深い事例がある。たとえばロンドンを拠点とするアーティスト集団「greyworld」はそこに居合わせた人のアクセスがあってこそ成立する作品を制作する。またダブリンのコミュニティ再開発にあたって展開されているプロジェクト「breaking ground」のキュレーターは、アーティストや地域の人々、行政担当者と10年スパンで協同制作を続けている。
 こうした内外の現場は、たんに制度つまり「公的な」の意味にとどまらず、「共通の」「開かれた」という意味でも「公共的/パブリック」であり、今うたわれている新しい公共性(多様な市民の参画による)を担う場といえる。さらにその作品形態は、彫刻やモニュメントにとどまらず、仮設のものやパフォーマンス、ワークショップ、映像や音でも展開されており、今後のパブリックアートの多様な可能性を示してもいよう。だが一方で、その制作過程は平坦ではなく、交渉の段階から対立や衝突、アクシデントがある。アーティスト、参加者、つなぎ手といった異なる立場、異なる価値観をもつ人々が、それといかに丁寧に対峙するか(必ずしも調停、解決ができるわけではないが)-その過程が作品に刻み込まれ、それぞれのパブリックのあり方が、それぞれのアートの形態で具現化するのだ。
 しかし企業支援やNPOの自己資金もあるとはいえ、公金に多くを依存する現状では、政策基盤の脆弱性はパブリックアートの実施にあたって大きな問題といえる。また「創造都市」のように都市政策の中に芸術が位置づけられる場合、「クリエイティヴィティ」や再開発の名の下にジェントリフィケーションが進み、草の根の活動が阻害される懸念もある。だがこれに抗する数々の実践の中に、本研究が位置づけるようなパブリックアートを見出すことができる。今後はこうした事例も含め、大阪での実践(ブレーカープロジェクト)を軸とした考察をまとめ、「現代社会におけるパブリックアート」として、年度末に一冊の本にまとめたいと考えている。

2008年8月
(敬称略)

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