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研究助成

成果報告

2007年度

現代ジャズ文化研究
― ヨーロッパ・ジャズを中心とする比較文化論的考察

新潟大学人文学部 教授
鈴木 正美

1.研究の成果または進捗状況
 これまでのジャズ研究はそのほとんどがアメリカを中心としたジャズ史観によって行われてきたが、アメリカ型グローバリズムから視点を移し、中・東欧や旧ソ連圏も含めてヨーロッパ各地で発展・進化したジャズ文化について包括的に研究することが本プロジェクトの目的である。
 アメリカ以外の現代ジャズ文化を研究対象とする音楽文化研究者は日本の大学・研究機関にはほとんど皆無である。今日までジャズ研究は専ら在野の音楽研究者・評論家によってなされてきた。本研究プロジェクトでは、そうした最前線で活躍する研究者・評論家と大学・研究機関の研究者9名による共同研究を進めてきた。
 初めての試みとして、スカイプを利用した研究打ち合わせ会を十数回行い、遠隔地の研究メンバー間でも十分な討議を行うことができた。さらに、公開型の研究会を世界史研究所で5回開催した。公開研究会には毎回30名前後の参加者があり、そのほとんどは在野の音楽研究者・評論家、プロの音楽家であった。こうした人々が一堂に会して討議をするような機会はこれまでになかった。本研究プロジェクトによって、こうした在野の音楽研究者・評論家、音楽家が「現代ジャズ文化研究」というテーマのもとに集り、人的ネットワークが形成されたことは、もっとも大きな成果であった。今後もこれらの人々が本研究プロジェクトを支援、協力してくださることで、日本におけるジャズ文化研究はさらに発展するであろう。

2.研究で得られた知見
 副島輝人「ヨーロッパで感じた日本」では、現在のドイツ・ジャズにおける日本ジャズの影響が明確になり、横井一江「世界地図の中で今ジャズは――国際ジャズ・ジャーナリスト会議参加報告を兼ねて〜」では、2007年9月にコロンビア大学で開催された国際会議でのジャズをめぐるさまざまな論議が簡潔に示された。特にジャズのグローバリズムとローカリズムという問題は本研究プロジェクトにとっても大きなテーマとなることが確認された。
 岡島豊樹「モスクワ自由音楽の巨匠セルゲイ・レートフと名所ドムなど」は、レートフに関しては日本で初めての研究報告であり、ロシアにおける自由音楽が独自の文化を築いたことが分かった。鈴木正美「ロシア・ジャズ研究の現状と課題」では、ロシア・ジャズ研究史と現在の研究上の問題点が提示された。また、この問題解決の手段として本研究会が今後機能していくことが参加者にアピールされた。
 アンタナス・ギュスティスは世界的にもほとんど知られていない「リトアニアのジャズ文化」の詳細とその特徴を明らかにした。
 北里義之「グローバル・ジャズの起源をめぐって」は1960年代以降のヨーロッパの現代ジャズを多文化的な視点から分析する斬新なものであり、大里俊晴「フランスのドメスティック・ワールド・ミュージック ──歌とジャズ」は同時代のフランスのジャズ文化を豊富な資料をもとに再検証するものであった。
 今回の研究プロジェクトの大きな柱である副島輝人氏制作による8ミリ映画作品のデジタル化もようやく端緒についた。その成果をふまえて氏には、記録映像をもとにメールス・ジャズ祭の現代音楽史における意義を考察していただいた。
 以上は公開研究会における報告だが、各会に参加された方々からは毎回活発な意見交換がなされ、相互に刺激を受けた。

3.今後の課題
 全体を通して言えることは、現代ジャズはあまりにも多種多様な地域、音楽家、スタイル、思想を包含しており、ジャズを柱とした文化研究は今まったくその端緒についたばかりであるということである。本研究プロジェクトを契機に、より広範な音楽研究者・評論家、音楽家のネットワークが形成されたことで、今後の現代ジャズ文化研究はさらに発展することは間違いないだろう。
 今後の課題としては、これらのネットワークを生かして、さらに研究会を開催することはもちろん、研究成果を一般の出版物として公表することである。出版に関しては、すでにいくつかの企画が進行中である。
 今後の研究プロジェクトの予定は次の通りである。
(1)さらに、人的ネットワークを広げるべく、世界中のジャズ関係者に呼びかけ、本研究プロジェクトに参加していただく。またこれまでに公開研究会に参加して下さった方々にも研究メンバーとして報告をしていただく。
(2)報告以外にも、すべての参加者に研究プロジェクト推進への協力をあおぐ。具体的には、資料と情報の提供である。
(3)研究メンバーの所蔵する映像資料(特に副島輝人氏制作による8ミリ映画作品)、音源(インタビューやCD化されていない演奏録音も含む)の情報のデータベース化、および資料のデジタル化によって、情報の共有化をはかる。もちろん資料はあまりにも多く、すべてがデジタル化できるわけではない。情報の共有化の足場を築くことが当面の目標である。
 音源の著作権の問題をいかにクリアにするかが最も大きな課題である。著作権に関しては、専門家に研究メンバーになっていただくとともに、今後も世界規模での調査を続けていく。将来的には「現代ジャズ文化研究所」を設立し、資料・音源のライブラリを構築することが目標だが、課題は山積みである。

2008年8月
(敬称略)

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