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研究助成

成果報告

2007年度

地域統合と「人の移動」
― アジアと欧州における境界線の政治学

神戸大学大学院国際協力研究科 助教
大賀 哲

 本プロジェクトでは、アジアとヨーロッパの研究者による共同研究の形式を採り、「地域統合における人の移動」をアジアとヨーロッパのそれぞれの事例から比較検討を行なった。問題の所在としては、国民国家における「国民」・「市民」といった存在が、地域統合においてどのように変容しているのかを基調とし、「人の移動」を事例として地域統合における「シティズンシップと境界線」の位相を再検討した。すなわち、(EU市民権のような)広域市民権を持つヨーロッパと広域市民権を持たないが共同体意識が醸成されつつあるアジアを比較し、地域統合において人間・市民・国民といった概念の変容を考察対象とした。また「域内/域外」という境界線の政治が地域統合と人の移動においてどのように作用するのか検証を行なった。具体的には、(1)シティズンシップと市民権の歴史的文脈、(2)人の移動の政治過程、(3)地域統合における共同体意識(アイデンティティ)などの課題についての検討を行なった。
 上記の研究概要に従い、研究代表者・研究分担者各自で個別研究を進め、予定通り海外調査(ベルギー、フランス、シンガポール、インドネシア等)を実施した。それと並行して、研究会を4回実施し、各自の研究内容について討議を行なった。本プロジェクトを通じて、アジアとヨーロッパの研究者が互いに討議を行なうことによって、それぞれの研究に非常に有益な示唆となった。個別の研究成果について以下簡潔に述べておく。
 第一に「シティズンシップと市民権の歴史的文脈」については、ヨーロッパにおける市民や国民の概念史を整理した上で、アジアにおける地域主義形成の歴史的変遷について検討を行なった。シティズンシップという地域制約的・歴史制約的な概念を検討することで、それぞれの地域の歴史的な文脈とシティズンシップの理念との関係を詳らかにすることができた。また第二に「人の移動の政治過程」については、アジアとヨーロッパにおける「人の移動」についての実証分析(ASEANとEUの移民政策・市民権政策・人の移動についての政策協調の調査、シェンゲン協定等とその相互比較)の検討を行ない、アジアとヨーロッパ相互の制度化過程について比較を行ない、両地域が抱える「人の移動」の課題を明らかにした。第三に「地域統合における共同体意識(アイデンティティ)」については、アジアとヨーロッパにおける地域アイデンティティの考察(地域統合における「人の移動」の位置付け、シティズンシップとアイデンティティの関係、地域統合とアイデンティティの関係)を行なった。この検証によって、アジアとヨーロッパの地域統合それぞれにおけるシティズンシップ・アイデンティティ・境界線の位置付けを相互に確認し、その相違点と共通点を明らかにした。上記の検証を通じて、アジアとヨーロッパにおける「境界線とシティズンシップ」の動態を比較対照すると同時に、その歴史的経緯、移民政策・社会政策の位相を比較することができたと考えられる。
 言うまでもなく、本研究において、個別のイシューそれぞれの比較研究を行なったことは非常に有益な示唆となった。今後はさらに事例研究を重ね、検討を加えていきたいと考える。また本プロジェクトの研究成果は、『シティズンシップと境界線―アジアとヨーロッパにおける地域統合の政治学』(勁草書房)として2009年度内に刊行予定である。

2009年3月
(敬称略)

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