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研究助成

成果報告

2006年度

近現代日本における時間規律の起源と社会の加速化についての研究

東京大学大学院総合文化研究科教授
橋本 毅彦

 近代日本の時間規律の起源については、本研究会のメンバーの論文集『遅刻の誕生』において、近代的な諸制度における受容の状況を論じた。学校・工場・鉄道において、比較的早くから時間規律の重要性が認識され、励行されていく様子がうかがわれた。ただし、実際に時間規律が定着したかどうかは、地域と時期によってまちまちであったようで、理念と現実との乖離がいくつかの場面で垣間見える。
 その後、本研究会のメンバーの一人である西本氏による『時間意識の近代』が出版され、これらの近代的な諸制度における時間規律の定着状況だけでなく、それ以外の場における時間規律の導入定着の状況とともに、社会活動の加速化が論じられた。7章からなる本書は、近代社会の「加速」を統一のテーマとしつつ、改暦の事情、都市と農村の時間の対照、極端に速度が要求されるようになった電話交換手の作業、戦時期の時間意識を象徴するポスター、スピードがキーワードになった1960年代とその後のゆっくりズムの到来など、実にさまざまなトピックがエピソードを豊富に引用しつつ論じられている。農村の時間を論じる際には、江戸時代と明治時代との時間規律をめぐる連続性を主張するトマス・スミスの議論を引用し、批判を加えている。1月の研究会においては、『時間意識の近代』の内容についてさまざまなコメントがなされるとともに、質疑応答がなされた。
以上の2作をふまえ、近代日本における時間規律と時間の加速に関して、次のような問題が課題として残されている:
(1)江戸時代と明治以降との連続性と不連続性の評価
(2)軍隊における時間規律の定着
(3)戦前における日本本国と植民地における時間規律の状況の異同
(4)戦時期における時間規律の定着と加速化の状況
(5)戦前・戦中・戦後を通じての一般人の私的空間における時間意識の変遷(時間規律と加速)
(6)日本以外の東アジア・東南アジア諸国における時間規律の定着の推移
このうち(5)の課題は、広大な課題であるが、上記2著作においても部分的に論じられており、織田一朗氏(当研究会メンバーの一人)による『日本人はいつからせっかちになったか』においても論じられている。織田氏は戦後のアメリカ文化の影響、農地改革の影響を論じられているが、西本氏は1960年代におけるスピード時代の到来が重要な転換の時期としている。また(3)については、台湾の歴史学者である呂紹理氏による『時間と規律』(非売品)(氏の博士論文を元に出版した『水螺響起』を翻訳したもの)が、日本統治下における台湾における時間規律の定着の状況を論じており、植民地化したことによる中国本土と台湾との時間意識のずれなどを紹介している。
 このような近現代社会における時間規律の定着と加速化というテーマは、過去のテーマであるとともに現在と将来のテーマでもある。ハイデガーは、戦後書かれた『哲学への寄与』において、技術によって作り上げられた現代社会の特徴として、「量産」、「計算」とともに「加速」という3つの要素を必然的な契機として取り上げている。8月に開催した研究会において、竹村氏はマイアソンの『ハイデガーとハーバーマスと携帯電話』の引用しつつ、情報技術の発達により過去・将来をあまり顧みずにグローバルな社会だけに関心が集中される現状を指摘した。一方、角山氏は、現代におけるクォーツ時計と携帯電話の普及によって時間のパーソナル化が起こってきたが、個人主義が必ずしも定着していない日本社会においてさまざまな歪みが生じる可能性があることを論じた。また橋本は、海外における時間研究、とりわけドイツにおける時間の社会学的、経済学的研究を紹介しつつ、現在の環境問題・資源問題とともに加速化に伴う歪みを是正するような時間を組み込んだ経済システムの可能性について検討した。

(敬称略)

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