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研究助成

成果報告

2005年度

現代日本の生活文化における食玩(おまけ)の位置
― 食玩を通してみる時代と生活文化

武庫川女子大学生活環境学部教授
横川 公子

 食玩は、商品の単なる販売促進のための「おまけ」「おこころざし」の範囲を逸脱して、主役に躍り出た。グリコが提唱した子供の生活やマニアックなオタク文化を超越してブームとなり、600億円ともいわれる経済市場を形成するにいたった。ただし、今やピークを越して飽和状況にあるともいわれる。そういうことになって食玩は、子供や普通の大人たちを巻き込んだ生活空間の中で息づいているといえる。そこには、コレクターの描く食玩宇宙にも似た「わたし的世界」がつむぎ出され、現代生活における、やむにやまれぬ渇きの充足と呻きからの開放がもたらされ、時代と社会の表示灯となる。本調査研究では、食玩の存在様態に注目することで、その生活文化学的な解明と検証を試み、現代日本の生活文化に関するひとつの切口と姿を提案することを目的とした。現段階では、充分な検証と理解に到達したとまではいえないものの、食玩と人間との関係を表象する多様な存在様態を切り取ることで、思いのほか、広範で深遠な食玩の生活文化的な意味や価値付けの可能性を提案するまでに到達したと思いたい。
 食玩は、GD新書『私の選んだ一品』にグッドデザイン賞を得て掲載されている。今や社会に絶大な力を持つオタク文化が、現代美術の領域を侵食し始めたともいわれる。「オタク」論を中心に展開されてきた先行評論や記事のみならず、食玩現代美術論とも一線を画して、食玩ブームという社会現象に、より総合的に注目するわれわれの立場が、ここに浮上する。
 サービス精神というコミュニケーションツールの普遍的な価値、そのサイズやグリコのオマケに集約される食べることとも切り離せない身体感覚、日本でデザインされ中国で生産されるモノ作りの妙、可塑性素材が可能にした形態や表面特性、さらにミニチュア化に伴う縮小と省略、誇張とデフォルメが紡ぎだした現代の「かわいい」感性、子供やマニアのみならず拡大する受容層の拡大がもたらした遊びの感覚とその価値付けの浸透等々、変化しつつある生活文化にアプローチする上で、食玩は豊かな拠りどころと方法を示唆している。以下では、到達の一部を概観しておこう。
 食玩年表の作成によって、「お添えもの」「おこころざし」としての子供の玩具の趣向から、時代の楽しみや希望を託すに足るとする人々の誇りやシンボル・記号的な拠所となる食玩の在りようが見えてくる。太平洋戦争中の戦車や兵隊さんの人形、戦後の復興とともに普及した家電製品、テレビ時代にはじまった日本製アニメのキャラクターたち。もはや失われた時代へのノスタルジックな共感を誘う、昭和30年代のミニチュアや自然博物誌の世界等々。
 ちゃちで壊れやすい束の間の慰みとしての食玩が、捨てるに捨てられぬ生き物のようなエネルギーを呈している。彼らは、より小さくを求められながらも精巧で凝縮された姿を呈し、精緻な解説と丁寧な取り扱い説明を伴って登場する。かくして生き物のような力に直面する大人や子供は、食玩宇宙に浸って陶酔する。一方で、夢から覚めた人間によって、食玩はゴミにもなる。
 食玩の話題と交換は、お友達同士からレンタルケース・ネット上のブログまで広がり、現代におけるコミュニケーション・ツールの縮図を呈する。
 隣国の台北にも食玩オタクはいる。日本のアニメがほぼ並行して受容され、アニメを背景とする食玩の人気も高い。但し、彼らは日本から輸入される食玩の貴重性・投機性に関心が高い。釜山のおまけは、「おこころざし」と「お得感」を身上とする。
 日本の食玩ブームは、どこへ向かおうとしているのであろうか。

(敬称略)

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