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研究助成

成果報告

2004年度

生命操作をめぐる法・政策と倫理・文化についての学際的研究

大阪大学医学系研究科助教授
霜田 求

1. 生殖補助医療技術
 生命操作は、生命の選別・改変・作製の三つの段階に区別できるが、その基本型をなすのが、体外受精以降の生殖補助医療技術である。体外で観察かつ操作可能となった発生段階の生命は、遺伝子組成への介入のみならず、再生医学研究や治療資源の対象へとその適用が拡大し、第三者の介在(精子・卵子・胚提供)に伴う問題(商業化の是非、子の福祉および出自を知る権利の保障)やこの技術の利用を促す文化的背景および当事者の心理的・経済的問題だけでなく、生命それ自体を設計(デザイン)するという営みをも射程に入れた、包括的な社会規制のあり方が問われていることが確認された。

2. 生命の始まりへの介入――着床前診断と胚選別
 生命操作技術のうちで今日もっとも深刻な問を投げかけているのが、日本だけでなく世界的規模で急速に広がりつつある、着床前診断と胚選別である。もともと、伴性遺伝性疾患の回避のための男女産み分け、習慣流産等の染色体異常の回避、そして遺伝性疾患の発症ないし保因者の子への継承回避といった消極(回避)的理由で行われてきたこの手法は、恣意的な理由による男女産み分け、「高い能力」の子の選択、治療目的の「ドナー・ベビー」、そして聾や軟骨形成不全症のカップルが自分たちと同じ「形態・機能」をもつ子を作るといった積極(希求)的理由でも行われるようになりつつある。日本のように、強制力のない関係学会の指針(会告)による後追い的対応では不十分であり、基本原則の下に個別的事例に対する適切な法ないし行政指針による規制が不可欠である。

3. 遺伝子医療
 遺伝子に関わる問題の中から、本研究ではとくに遺伝子診療(検査、診断、カウンセリング)と遺伝子増強(能力・性質の改造)を取り上げ、その倫理的・文化的側面の検討を踏まえた法・政策のあり方を検討した。前者については、遺伝カウンセリングを訪れるクライアントの抱えている「苦しみ」や「不安」に寄り添いながら、「偏りのない十分な情報提供」に基づく「自律的な意思決定」への支援を行うという、基本スタンスの妥当性・実現可能性を検証し、後者では、いわゆるデザイナー・ベビーに代表される生命の設計(デザイン)が提起する文明論的課題を見据えつつ、遺伝子への操作的介入(治療目的/増強目的)の是非ないし容認条件をさまざまなレヴェルで論議し続けることの重要性を確認した。

4. 法・政策と倫理・文化を交差させる学際的アプローチと今後の課題
 社会的な規制のあり方(法・政策)を多様な価値をめぐる問題状況(倫理・文化)との関連で検討するという本研究のアプローチは、生命操作に関わる公共的意思決定プロセスにおいて避けて通ることのできない論点を挙げることから始まる。これら各論点は、異なる学問分野並びに異なる価値観をもつ者相互による倫理的な討論を要するものであり、本研究においても一部取り組みを行ったが、多くについては今後の課題として引き続き追究していくこととした。具体的には以下の論点である。

(1)当事者(患者/クライアント)の選択の自由(自己決定権、幸福追求権)はどこまで認められるのか、(2)想定されるベネフィット(当事者のニーズ/欲望の充足、現在・将来の患者の救済、社会全体の利益)をどう見積もるか、(3)国家・学会・機関による研究の審査・管理体制(法律ないし指針による規制、学会の指針・会告等による自主規制)のあり方、(4)生物学的・技術的な安全性と危険性(リスク)の評価、とりわけ「介入=操作」を受ける人の身体リスク、産み出される子の「異常・障害」、不確定要因(未来世代への影響の予測困難さ)の評価、(5)産み出される子の福祉と出自を知る権利をどのように保障していくか、(6)社会的な有害影響(差別目的での利用の規制、偏見の助長)の可能性にいかに対処するか、(7)生の〈質〉の選別や改変と優生思想の是非、(8)生命の資源化・手段(道具)化・商業化への懸念、(9)実質的な価値理念への侵害、すなわち「神を演じる」「自然に反する」「人間性や人間の尊厳を堀崩す」といった「倫理」的批判を法律とすることの危険性。

(敬称略)

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