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サントリー学芸賞

受賞のことば

社会・風俗2021年受賞

小島 庸平(こじま ようへい)

『サラ金の歴史 ―― 消費者金融と日本社会』

(中央公論新社)

1982年生まれ。
東京大学大学院農学生命科学研究科農業・資源経済学専攻博士課程修了。博士(農学)。
日本学術振興会特別研究員(DC2)、東京農業大学国際食料情報学部助教などを経て、現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。
著書 『大恐慌期における日本農村社会の再編成』(ナカニシヤ出版)など。

『サラ金の歴史 ―― 消費者金融と日本社会』

 サラ金について研究しています。
 そう話すたびに、しばしば怪訝な顔をされるか、あるいは失笑を買った。私が、本来は農業史を専門とする人間で、これまでの研究とあまりに脈絡がなかったということも、一因だったのかもしれない。しかし、それ以上に、サラ金なるものが、研究する価値の見いだせない、逸脱的な存在とみなされていることを強く感じた。そんなもの調べて何になるんだ。言外にそう語る人びとの顔が、今でも目に浮かぶ。
 それでも、調べれば調べるほど、サラ金はこの日本社会と深く関わりながら成長してきたことが分かった。サラ金の生みの親、田辺信夫の創意工夫と、戦前の素人高利貸に通じる出自を知ったときの興奮は、忘れることができない。プロミスの社史は出色の出来栄えで、何度も繰り返し貪るように読んだ。どうしてこんなに面白い業界が、経済史ではほとんど無視されてきたのだろう。農業史の分厚い先行研究の壁に半ば辟易していた私には、サラ金の世界はまさに広々とした青い海のように感じられた。
 とはいえ、創業期から時代が進めば、サラ金の借金苦によって人生を狂わされた多くの人びとと、否応無しに向き合わなくてはならない。分かっていたことだが、当事者の声を拾い集めるうちに、暗澹たる気持ちになった。辛いのは債務者だけではない。取り立てる側のサラ金社員の中にも、傷つき、業界を去る者が少なくなかった。何か一つボタンをかけ違えれば、私もまたどちらかの立場になっていたかもしれない。自分が生きているこの社会にポッカリと空いた深淵を覗き込むようで、足がすくむこともしばしばだった。
 今次のコロナ禍では、各種の公的な貸付金制度を利用することで、急場をしのいでいる人びとが少なくないという。20年近く不調に喘いできた消費者金融業界は、このところ復調の兆しを見せている。コロナ禍の後、私たちの前に残されるものの一つが、借金の山であることは間違いない。
 サラ金の歴史は、金融技術の革新の歴史であると同時に、借金の山に向き合い続けてきた人びとの姿の積み重ねでもある。そこには、決して繰り返してはならない悲惨な過去も、数多く刻まれている。拙著が望外の賞を受けることになり、面映いような喜びを感じる反面、単純に意気揚々とはしていられない複雑な心境でもある。
 今回の受賞は、おぼつかない足取りの背中を押していただいたものと受け止めたい。このような本を書いた者の責任として勉強を続け、借金の山の行く末を見届けねばならない。そう思いを新たにする機会をいただいたことに、感謝申し上げる。

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