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サントリー学芸賞

選評

政治・経済2019年受賞

山口 慎太郎(やまぐち しんたろう)

『「家族の幸せ」の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』

(光文社)

1976年生まれ。
アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士課程修了。Ph.D(経済学)。
カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。
論文 “Effects of Parental Leave Policies on Female Career and Fertility Choices”(Quantitative Economics, 10(3)1195‐1232所収, 2019年)など

『「家族の幸せ」の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』

 結婚や子育てでは、人生の中でも大きな意思決定を迫られることが続く。結婚するのか、子供を母乳で育てるのか、保育園に預けるのか、育休はどうするか。こうした家族形成の悩みにエビデンスでどこまで答えられるのかを、著者本人の優れた貢献を含む最新の研究成果にもとづいて本書は教えてくれる。
 まずは、結婚の悩みである。日本の未婚率は高まっている。その理由は、女性が子どもをもつ暗黙の費用の上昇、結婚から得られる「分業の利益」の下落である。また、ネットのマッチングサイトの分析によると、万人受けするモテるタイプの存在がわかる一方で、人の好みは大きく異なること、ネットでないと見つけられない出会いもあると述べられている。
 私たちは結婚して子どもが生まれると様々な問題に直面する。低体重で生まれる子どもが増えているが、出生体重がその後の人生に大きく関わっている。帝王切開で生まれる子どもについては、アレルギーや喘息の症状が出やすくなる可能性があるが、注意欠陥・多動性障害や自閉症との関係はないという研究結果がある。母乳育児についてはベラルーシで行われた大規模な実験の結果が紹介されている。母乳育児は生後1年間の子どもの健康面に好ましい影響を与えるけれど、長期的には効果がないとのことである。
 育児休業はどの程度の期間が望ましいのかも多くの人が悩むことである。充実した育児休業があれば仕事に復帰しやすいので、子どもを産んでも仕事を続けやすい。では、育児休業を3年取れるようにすれば、働きやすくなるのだろうか。著者は、日本のデータをもとに、構造推定という経済学の手法を用いて分析する。その結果、育休が1年あれば仕事に復帰する女性は大幅に増えるが、1年から3年に育休が長期化してもほとんど影響がないとのことである。
 日本では、男性の育休の取得率が低い。これは、男性育休制度が充実していないからではない。日本は、男性育休制度が世界で最も充実した国だと評価されている。北欧で男性育休取得率が高いのは、身近な男性が育休を取ったということが伝染していった結果だという。
 保育園に通わせるかどうかも子育てでは大きな悩みである。経済学では、保育園に行った子どもたちへの影響が注目されている。米国での有名な研究によれば、質の高い就学前教育を受けると、大人になってからの所得を上げるだけではなく、生活保護受給率や逮捕される回数も減らし、社会全体が利益を受けている。著者自身の日本のデータを用いた研究からは、保育園に通うことで、言語の発達、攻撃性や多動性の減少が見られるという。母親のしつけの質が向上し、ストレスが低下し、幸福度が上がるということが理由である。
 本書のよさは、エビデンスを教えてくれるだけではない。エビデンスをどう活かしていくべきかを著者が一人の親として書いていることが最大の魅力である。経済学の分野では研究成果を専門論文の形で発表することだけが業績になる中で、第一線の若手研究者である山口氏が一般向けの本を執筆することで大きな社会貢献となるというロールモデルを示した意義は極めて大きい。

大竹 文雄(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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