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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 2006年受賞

鈴木 禎宏(すずき さだひろ)

『バーナード・リーチの生涯と芸術 ―― 「東と西の結婚」のヴィジョン』

(ミネルヴァ書房)

1970年、千葉県生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。
お茶の水女子大学講師を経る。
論文:「民芸運動とバーナード・リーチ」(『柳宗悦と民藝運動』(思文閣出版)所収)、「アーツ・アンド・クラフツ運動から民芸運動へ バーナード・リーチの寄与」(『アーツ・アンド・クラフツと日本』(思文閣出版)所収)など。

『バーナード・リーチの生涯と芸術 ―― 「東と西の結婚」のヴィジョン』

 本賞の選考委員会で、この本の題名は少々陳腐に過ぎないかとの話があった。
 「‥‥の生涯と芸術」とはいまどきいかにも古風で、まっとうすぎて、藝がない。半世紀前ぐらいまではよくあった文学史や美術史の入門書、一作家についての概説書のたぐいを思わせる。「東と西の結婚」というのもなんとなく大時代なせりふで、いままでなんべんも聞いたことがあるような気がする。――そんな話だった。
 ところが、註や参考文献表も加えれば四百数十ページに及ぶこの大冊を読みだしてみると、これは、いまどき珍しいと言っては語弊があるが、まさにまっとうでひたすらな藝術家リーチの生涯と作品と思想の比較文化史的研究の一書であった。若い著者鈴木氏は、リーチに関して手に入る限りの東西の資料と文献を読み解き、巧みに引用し、その陶藝作品のいくつかを徹底して分析してみせながら、終始明快で熱を帯びた文章で、この陶藝家の全体像とその歴史的な意味を論じてゆく。その論述の姿勢には爽快の感さえある。
 バーナード・リーチ(1887〜1979)は、弁護士の一人息子として香港で生まれ、産後の母の死のため幼児期を京都で英語教師をしていた母方の祖父母のもとで過したという。父の再婚後香港に呼び戻され、やがてシンガポールに移り、十歳の年には教育のために英国本土に送られてカトリックのカレッジに入れられた。絵が好きで上手でロンドンの美術学校に進学したが、挫折して、父の死後すぐに銀行に入社した。だがその20歳の頃からラフカディオ・ハーンやホイスラーの作品に魅せられて日本に心を向けはじめたリーチは、銀行をやめて、またもロンドン美術学校にかよう。
 その学校で留学生高村光太郎とめぐり会ったのが運命の展開点で、彼は22歳の年、1909年の春にはすでに日本に渡航していた。「戻って」いた。東京到着後、リーチが、発足して間もない『白樺』の同人たち、またその近辺の若い藝術家たちとたちまち親交を深めていったことは広く知られている。
 だが、鈴木氏の叙述はこれについても周到でいきいきとしていて、彼らの親密な交流がリーチにとっても日本側にとっても実に幸福なものであったことが、よくわかる。リーチが1914年中国に渡ろうとしたとき、高村光太郎は送別の文に彼の日本文化理解について述べて、それが「自分自身の生長といふ事とぴつたり関係して、自分自身の生命の問題となりつつ苦悩して行つた処が根本から他の外国芸術家と違ひます」と書いた。二年後に日本に戻ってまた四年、「民藝」運動の一員として活躍した後に、いよいよ英国に帰ろうとするとき、柳宗悦は光太郎とほとんど同じ感慨をもち、「(リーチは)吾々の心が親しく甞めた希望、渇仰、苦悶、努力を自らにも甞めた唯一の外国人であった」と書いている。
 このように読んでくれば、その離日の1920年に、リーチがはじめて或る文章に「東と西の結婚のヴィジョン」(a vision of the Marriage of East and West)と記したのも、けっしてありきたりの言葉ではなかったことが納得されてくる。それは、幼少以来たえず複数の地域と文化に身を置いてきた彼の「アイデンティティの危機」のなかから発せられた言葉であり、産業化を極度に進めて大戦にまで至った「西洋」と、その圧力の下に混乱のうちに近代化しようとする「東洋」(日本・朝鮮・中国)との間の不均衡また不平等を、「結婚」によって克服し調和させようとする彼の、藝術家としてのアイデンティティを賭けた希求であり、また実験でもあったのだ。
 本書はバーナード・リーチのその「結婚」の「ヴィジョン」の実践を、後半生のセント・アイヴスのリーチ・ポタリーにおける活動と、個々の作品におけるそれの実現にまで追求して余すところがない。今日、「グローバリゼーション」の時代に文化はどのようにして生きつづけるのか。その示唆は、気鋭の学徒のこのような眞摯な比較文化史研究のうちにこそ宿されている。

芳賀 徹(京都造形芸術大学学長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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