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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2003年受賞

牧原 出(まきはら いづる)

『内閣政治と「大蔵省支配」 ―― 政治主導の条件』

(中央公論新社)

1967年、愛知県西尾市生まれ。
1990年、東京大学法学部卒業(行政学専攻)。
東京大学法学部助手、1993年より東北大学法学部助教授(2000年、同大学院法学研究科に配置換え)。
専門は行政学、現代日本政治史。
著書:『歴代首相物語』(共著、新書館)、『行政学の基礎』(共著、岩波書店)など。

『内閣政治と「大蔵省支配」 ―― 政治主導の条件』

 政治の主要な担い手は、政治家と官僚である。素朴にどちらの方が権力の中枢を占めているのかが社会的関心を集めてきた。戦後日本については「官僚優位」が長く当然視されていたが、自民党政権が長期化するにつれ70年代から80年代にかけて「政党優位」への転換が語られるようになった。
 牧原出氏の関心は、まさしく政治家と官僚の関係にある。ただ氏は官僚主導から政治主導へといった単純な二分法において問題を捉えることを拒む。イギリスの大臣(政治家)が次官(官僚)との格闘を赤裸々に綴った『クロスマン日記』を本書冒頭に引きながら、政治家と官僚との関係設定が、政治の歴史に永遠の難問であることを示唆する。どちらが上か、どちらが悪者かという問題設定は誤りであり、どのような有意のふくみ合う関係を形成するかの問題なのである。全体代表としての正統性を与えられた政治家が、政策専門家である官僚をどうコントロールしつつ活用するかの問題といってよい。
 もっとも行政学者である牧原氏は本書において政治家よりもむしろ官僚の側に焦点を合わせて分析する。本書の何よりの新鮮さは、エリート官僚の対照的な二つのタイプを提示したことにある。原局の立場と論理をもって政治を動かそうとする「原局型官僚」はよく知られている。それに対し本書が浮び上がらせる「官房型官僚」像はきわめて斬新である。個別分野を原局とする多くの官僚と異なり、大臣官房にとって原局は存在せず、あえていえば全体政治である。全体政治の参謀本部たらんとする官房型官僚は、「調査の政治」によって構想力を研ぐが、その実現にあたっては「官房」らしく、自らは表立たず政治家たる大臣を支える仕方で動くたしなみを失わない。官房型官僚は志と力をもって構想を実らせる有力政治家に飢え、政治家は自らの定かならぬ志にかたちと実現方法を与える官僚に渇く。「政治主導」を 支えた官房型官僚の代表例として、本書は吉田茂内閣の池田勇人蔵相の下で大蔵省大臣官房調査部にあった森永貞一郎、石野信一、谷村裕のトリオが政治経済参謀として果たした役割を描く。
 本書のもう一つの魅力は、戦後日本の政治体制が形成された50年代の政治的内部に切り込んだ点にある。占領期は歴史家によって実証研究され、60年代以降は政治学者によって分析されてきた。両者の狭間にあって戦後体制形成の中軸に位置する50年代の解明は遅れていた。それだけに本書が政治行政の内部構造に踏み込んだことは意義深い。
 ただ本書の内容にかんがみタイトルはいささか奇妙である。また選考の過程で、完成度の高い作品とはいえないとの指摘もあった。たとえば、本書は池田以外にも河野一郎、福田赳夫、佐藤栄作ら有力政治家のそれぞれの活動に官房型官僚という策源地があったことを指摘しつつ、池田の場合のように十全に実証していない。50年代の政官関係という豊饒の地を耕すのであれば、政治過程についても官僚論についても、より全般的な議論があらま欲しい。けれども着想の独自性と切り込みの鋭さに本書の本領があり、その力量が将来をも期待させることに選考委員会は揺るぎない一致をみた。

五百旗頭 真(神戸大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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