サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 津上 俊哉『中国台頭 ―― 日本は何をなすべきか』

サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2003年受賞

津上 俊哉(つがみ としや)

『中国台頭 ―― 日本は何をなすべきか』

(日本経済新聞社)

1957年、愛媛県新居浜市生まれ。
1980年、東京大学法学部卒業(私法コース専攻)。
通商産業省に入省。産業政策局商政課、通商政策局国際経済部公正貿易推進室長、在中国日本大使館経済部参事官、通商政策局北西アジア課長などを経て、2002年より独立行政法人経済産業研究所上席研究員。
専門は中国経済、日中関係、東アジア経済統合。
著書:『日中関係の転機-東アジア経済統合への挑戦』(共著、東洋経済新報社)

『中国台頭 ―― 日本は何をなすべきか』

 中国経済の実像をつかむのはまことに骨が折れる。
 <写真撮影に喩えれば、被写体が「大きい」せいでファインダーに入りきらない、奥行きも深いのでピントもなかなか合わせられない。離れて見ようとすると、今度は細部がわからなくなる。>
 著者は、こんな巧みな喩えで、複雑系の中国経済を把握することの難しさを指摘している。
 それから、それに自ら敢然と試みるのである。
 その厄介な対象の「内部」に迫り、データを収集し、分析し、中国の企業家や政策当局者のホンネを聞き、それらを踏まえて仮設を立て、もう一度、「現実」皮膜に漉してみる。そして、その日本への意味合いを読みとり、日本の改革を促進すべく『中国台頭』を善玉ガイアツへと転換させ、日中ウィン・ウィンの関係再構築の青写真を描く。
 90年代後半、北京の日本大使館経済参事官として中国に駐在したときの取材と省察を糧としている。これは著者の手堅いフィールドワークの産物である。
 帰国してからは経済産業省で日中経済関係を担当した。中国の巨大な変化に即した形の日中経済交流を始めなければならない。従来の交流団体の「窓口」依存の限界は明らかだ。それまでに培った人脈をたぐり寄せ、これはという個々の企業経営者に直接連絡し、日本まで自費で来てもらい、日本の企業経営者と商機を探求する新しい交流方式を経済産業省の仲間とともに編み出した。2001年から始めた日中経済討論会である。この間、中文電子メールのやりとりは約800通。日中経済討論会はその後、定例化した。それこそ著者の軽快なフットワークの賜物である。
 ただ、著者の視線は単なる中国屋のそれではない。中国の改革・開放の歩みを子細に分析することで、日本の改革・開放への意味合いを探ろうとする政策プロの国家経営の視点がここにはある。財政、農村・農民、人口、高齢化、失業など、気が遠くなるような中国の諸問題を抑えた上で、著者は「中国から学ぶ」という分析視角を据える。
 例えば、原始的だが力強い中国の資本主義の躍動を伝えつつ、経済活力のカギは、結局のところ資本を手にすることが出来るかどうか、資本市場を真剣に活用できるかどうかなのだ、と喝破する。
 <日本の企業で、「来年、再来年、ニューヨーク証取に行くぞ」と思い立って本当に上場できる会社が何社あるだろうか?>
 イデオロギー的賛美の類は別として、日本経済の問題を「中国から学ぶ」角度からこのように鋭利に抉った論考はこれまでなかった。
 何よりも爽快なのは、日中の共存共栄の構想を、未来への展望という大きな器に盛って私たちの前に示してくれたことである。文中から察せられる著者のおおらかな包容力、つまりは器の大きさならではの精神の「漲り」のようなものがここには湛えられている。
 『中国台頭』時代をよりよく生き抜くために――日本にとって死活的な隣国とのつきあい方のコモン・センスの書である。

船橋 洋一(朝日新聞社コラムニスト)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

サントリー文化財団