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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 2000年受賞

吉田 憲司(よしだ けんじ)

『文化の「発見」』

(岩波書店)

1955年、京都市生まれ。
大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。
大阪大学文学部助手、国立民族学博物館助教授などを経て、現在、国立民族学博物館博物館民族学研究部教授。この間、大英博物館民族誌部門(人類博物館)客員研究員。
著著:『仮面の森』(講談社)、『赤道アフリカの仮面』(共著、国立民族学博物館)

『文化の「発見」』

 文化の多元性とか西洋中心主義の終焉などという議論は、いまや聞き飽きるほどの決まり文句と化しつつある。しかしそういう議論も多くは、素朴な文化相対主義か、西洋礼賛を裏返しただけの西洋批判に終始しており、論自体の基本的な枠組み、とりわけ「美術」や「文化」といった概念自体の中にいかに西洋中心主義的なまなざしが刻印されているかというような掘り下げた議論がなされることは決して多くない。
 本書はその点で画期的なものである。本書では、美術館、博物館などの西洋の制度が俎上に上げられ、一見客観的な文化の展示にみえるこれらの制度の中で、異文化に対する西洋中心的なまなざしがいかに形作られ、また刷り込まれてきたかが説得力豊かに語られる。とりわけ、1984年にニューヨークで行われた「20世紀美術におけるプリミティヴィズム」展のことは一章を割いて論じられており、西洋が異文化に目を開くことによって自文化中心主義をのりこえることに成功したという、よく語られがちなストーリー自体の中に潜む根源的な偏見や差別の構造がものの見事に浮き彫りにされている。本書の白眉ともいうべき章であり、「芸術」とは、「文化」とは、そして「民族」とは何なのかという重い問いをわれわれに突きつけずにはおかない。
 もう一つ特筆すべきは、著者の議論が、東京国立博物館と国立民族学博物館を例に、日本における異文化観の問題に広げた形で展開されていることであろう。オリエンタリズム論のような議論自体が、ともするとまたぞろ西洋の「進んだ学問」の受け売りに終わりがちな中、この著者は自身の勤務する民博をあえて俎上に上げるなど、問題を徹底して自分自身のものとして考えようとしていることが伝わってくる。
 吉田氏はアフリカ美術の研究者であり、前著『仮面の森』にみられるように、徹底したフィールドワークをベースとした仕事を身上にしてきた。そうした「行動する学者」としての吉田氏の特色は本書でも遺憾なく発揮されている。本書にも言及があるが、吉田氏は1997年に自らが中心になって『異文化へのまなざし』と題されたすぐれた展覧会を企画・開催し、本書の問題意識を実践的な形で提示している。自らのフィールドワークの体験や日本の博物館という「現場」での活動を総動員した、吉田氏のこうした仕事ぶりによって、本書の議論も机上の議論だけからはえられない厚みのあるものとなっている。
 もとより、吉田氏がここで取り上げた問題は根本的なものであり、なかなかすぐに答えが出るというわけにはいかない。実際、選考の過程でも、提起されている問題はわかるが解答が示されていないという否定的な意見もないではなかった。しかしともすれば表層的な議論に流れて見過ごされてしまいがちなこの問題の核心を見事にえぐり出して芸術をめぐる根本的な問題として提起した本書が、一つの大きな地歩を築いたことは間違いない。今後のさらなる展開に期待しよう。

渡辺 裕(東京大学助教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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